糖尿病でのインスリン作用低下が筋肉の老化と全身の寿命に及ぼす影響を解明 サルコペニア合併の糖尿病の治療標的を発見
なぜ糖尿病でサルコペニアが多いかを解明
国立国際医療研究センター研究所の植木浩二郎センター長、東京大学の門脇孝名誉教授(現虎ノ門病院院長)、山内敏正教授、笹子敬洋助教らの研究グループは、インスリンシグナルの鍵分子であるAktを筋肉のみで欠損させ、インスリン作用を低下させたマウスを樹立・解析した。
その結果、このマウスでは全身の糖代謝が悪くなり、筋肉量の減少と運動機能の低下がみられたことから、高齢者にしばしばみられる糖尿病とサルコペニアを合併した病態のモデルになると考えられ、加えて骨粗鬆症を認め、さらに衰弱死が増えて寿命が短縮していた。
下等生物ではインスリン作用が低下すると寿命が延びるが、ヒトでのインスリン作用の低下は糖尿病につながるなど、哺乳動物でのインスリンと老化との関連については議論が続いている。
なかでも筋肉の老化現象であるサルコペニアは、糖尿病で多いことが知られているが、詳しいメカニズムは明らにされていない。
そこで研究グループは、まず野生型マウスでの解析から、加齢マウスの筋肉ではインスリン抵抗性が、インスリンシグナルの下流の鍵分子であるAktという酵素のレベルで引き起こされることを見出し、そのモデルとして筋肉のみでAktを欠損させたマウスを樹立した。
インスリンのシグナルは、細胞内のさまざまな分子によって伝達されるが、その下流の鍵分子の1つがAktという分子で、インスリンによって活性化を受ける。
インスリンシグナルの下流の鍵分子であるAktのさらに下流の分子であるFoxOとmTORが作用
インスリンによって活性化を受けるAktを欠損したマウスはインスリン抵抗性が起こり筋量は減少
この筋肉でのAktを欠損したマウスは、生まれてしばらくは明らかな変化を示さなかったが、加齢とともに全身のインスリン抵抗性と糖代謝の悪化に加え、速筋を中心とした筋量減少や筋力・持久力の低下をきたした。
その原因として、速筋線維の減少、糖取り込みの低下、解糖系の低下、ミトコンドリアの減少と形態異常、活性酸素消去系低下、オートファジー不全、老化の促進などが速筋で観察された。
筋肉は一般に、解糖系が発達し、瞬発力に優れた速筋と、ミトコンドリアが発達し、持久力に優れた遅筋に分けられるが、サルコペニアでは主に速筋が減ると考えられている。
また、細胞がエネルギーを取り出す仕組みには大きく2つあり、1つは糖を分解する解糖。もう1つは、糖以外の脂肪酸などを、酸素を使って燃やす方法で、ミトコンドリアがこれを行なう。この方が解糖より効率が良いが、その過程で活性酸素が発生するため、細胞にはそれを消去する仕組みも備わっている。
痩せ型の糖尿病で極端な食事療法を行なうと逆効果に
これまでヒトのサルコペニアを再現した動物モデルはほとんど知られていなかったが、樹立したマウスはその良いモデルになると、研究グループでは考えた。
さらにこのマウスでは、骨の形成が低下し、骨の老化現象である骨粗鬆症をきたしていた。加えて、研究グループが生存期間を追ったところ、筋肉でのAkt欠損マウスの寿命は対照マウスよりも短縮していた。
1例ずつ死因を調べたところ、対照マウスの多くは腫瘍死であったのに対し、この欠損マウスの半数は衰弱死だった。筋肉での1つの酵素がないだけで、全身の老化が進み、死因まで影響を受けることは、興味深い現象と考えられる。
一般的に、カロリー制限がこのような老化を抑制するものと考えられているが、筋肉でのAkt欠損マウスにカロリー制限を行なうと、生存期間は逆にさらに短縮した。
日本人では痩せ型の糖尿病も少なくないが、そのような場合に極端な食事療法を行なうと逆効果である可能性が考えられる。一方で、過栄養のモデルとして高脂肪食負荷を行なっても、やはり寿命は短縮しており、死因の多くは対照マウスと同様に腫瘍死だった。
Aktの下流分子であるFoxOとmTORの役割は一部重なる
皮膚がん細胞を接種すると、筋肉でのAkt欠損マウスでより増大したことから、何らかの物質の分泌などを介して、筋肉が他の臓器での腫瘍増殖にも影響を及ぼすことを研究グループは想定した。
さらに、Aktの下流でどの経路が重要かを明らかにするため、FoxOとmTORという分子に着目した。Aktのさらに下流の分子のうち、代表的なものがFoxOとmTOR。FoxOはタンパク分解などの作用があるが、Aktによって活性が抑えられる。mTORはタンパク合成などの作用があるが、Aktによって活性化を受けることが知られている。
FoxOはAktによって活性を抑えられるため、Aktがないと活性化してしまう。そこで、筋肉でAktに加えてFoxO遺伝子を欠損させたマウスを作製すると、サルコペニアや骨粗鬆症などの変化がほとんどみられなかった。
加えて、寿命も対照マウスと同程度で、衰弱死の増加も認められなかった。薬剤の投与でも同様の効果があると、より治療につながりやすくなることから、筋肉でのAkt欠損マウスにFoxO阻害薬を4週間投与したところ、速筋重量が部分的に増加することも分かった。
一方、mTORはAktによって活性化されるため、Aktがないと活性が低下してしまう。そこで、筋肉でAktが欠損し、かつmTORが活性化されるマウスを作製したところ、解糖系の遺伝子発現や筋力は改善していたが、速筋重量は減少したままだった。
このマウスでは持久力の改善も部分的だったが、これは活性酸素消去系が低下したまま、形態に異常のあるミトコンドリアの量だけが増えたからと考えられた。このマウスの寿命も、筋肉でのAkt欠損マウスよりさらに短縮していた。Aktの下流で、FoxOとmTORの役割は一部重なることが分かった。
AktやFoxOがサルコペニア合併の糖尿病の治療標的になる可能性
これらから、下等生物での定説とは逆に、哺乳動物の筋肉でインスリン作用が低下すると老化が進み、寿命の短縮にもつながることが分かり、また糖尿病でサルコペニアが多い理由として、FoxOの作用が重要なことも明らかになった。
さらに、Akt欠損マウスの表現型のほとんどは、FoxO遺伝子の欠損によって改善した。加齢にともなうインスリン作用の低下を背景としたサルコペニアの治療を考えるうえで、FoxOの働きを抑えることが有効な戦略となるものと考えられるという。
「AktやFoxOはサルコペニアやサルコペニアを合併した糖尿病の治療を考えるうえで、良い標的となることが期待されます」と、研究グループでは述べている。
「本研究の成果は、高齢化にともない増えているサルコペニアや、日本人に多いサルコペニアを合併した糖尿病に対する治療薬の創出につながると期待されます」としている。
研究は、国立国際医療研究センター研究所糖尿病研究センターセンター長で、東京大学大学院医学系研究科分子糖尿病学連携教授の植木浩二郎氏、東京大学名誉教授で現虎の門病院院長の門脇孝氏、東京大学大学院医学系研究科代謝・栄養病態学および東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科の山内敏正教授、笹子敬洋助教によるもの。研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。
国立国際医療研究センター研究所糖尿病研究センター
東京大学大学院医学系研究科分子糖尿病学連携
東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科
Deletion of skeletal muscle Akt1/2 causes osteosarcopenia and reduces lifespan in mice (Nature Communications 2022年10月5日)