老化した細胞が炎症を引き起こす仕組みを解明 非翻訳RNAが炎症関連遺伝子のスイッチをオンに
老化した細胞が炎症を引き起こすメカニズムを解明
体内に蓄積した老化細胞は、さまざまな炎症性タンパク質を分泌するSASP(細胞老化随伴分泌現象)を起こすことで、周囲の組織に炎症や発がんを促すことが知られている。
正常な細胞はストレスによって細胞老化が誘導される。加齢にともない老化した細胞は、サイトカイン、ケモカインなどのさまざまな炎症性タンパク質を高発現し、細胞外へと分泌している。
近年、老化細胞では染色体の構造が変化していることが発見されたが、その意義は分かっていなかった。そこで研究グループは、細胞老化によって染色体のペリセントロメア領域が開いて、この領域からサテライトII RNAの転写が亢進していることを同定した。
サテライトII RNAは、ゲノムの約3%程度を占める単純反復配列であるサテライトDNA領域に由来する非翻訳RNA(タンパク質へ翻訳されないRNA の総称)の一種。
研究グループはさらなる解析により、サテライト II RNAが染色体構造を維持するために重要な働きをするタンパク質であるCTCFと結合し、その機能を阻害することで染色体相互作用を変化させ、正常な細胞ではおこらない炎症性遺伝子群(SASP因子)の転写を誘導することを明らかにした。
CTCFは、遺伝子発現を適切に維持するためのインシュレーター(区切り壁)として機能するタンパク質。がん抑制遺伝子としても機能しており、CTCF遺伝子に変異のあるマウスでは、がんが頻発し、生存期間が短くなることが分かっている。
さらに、このサテライトII RNA はがん関連線維芽細胞(CAFs)で高発現しており、細胞外小胞であるエクソソームに含まれて分泌され、他の細胞へ染色体不安定性などのがん化の形質を伝搬することも明らかにした。
CAFsは、がん細胞の増殖や抗がん剤治療に抵抗性を誘導し、さらに抗腫瘍免疫を抑制してがんの悪性化に働くと考えられている。
今回の研究で、体内で老化した細胞では、サテライトII RNAががん抑制遺伝子であるCTCFの機能を阻害することで、炎症に関わる遺伝子の発現を誘導することが明らかとなった。
がん微小環境でサテライトII RNAを高発現している間質細胞では、炎症性タンパク質や、エクソソームなどの細胞外小胞(EVs)の分泌が亢進しており、これが発がんを促している可能性がある。
「今後このメカニズムを標的とした新しいがんの予防法・治療法の開発が期待されます」と、研究者は述べている。
研究は、がん研究会がん研究所細胞老化プロジェクトの宮田憲一客員研究員、高橋暁子プロジェクトリーダーを中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」にオンライン掲載された。
公益財団法人 がん研究会 がん研究所 細胞老化プロジェクト
Pericentromeric noncoding RNA changes DNA binding of CTCF and inflammatory gene expression in senescence and cancer(米国科学アカデミー紀要(PNAS) 2021年8月4日)