膵β細胞でのみ遺伝子をノックアウトする技術を確立 糖尿病研究を加速 順天堂大学
膵β細胞機能不全の研究を通じた2型糖尿病の病態解明を大きく加速
順天堂大学などは、膵β細胞でのみ特異的に遺伝子をノックアウトする新しい技術を確立したと発表した。膵β細胞の機能解析は糖尿病研究の中心であり、その遺伝子を特異的にノックアウトすることはきわめて重要な研究手法としている。
研究グループは今回、CRISPR-Cas9システムと、生体への遺伝子導入に頻用されるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを組み合わせることで、従来の方法と比較し迅速かつ簡便に膵β細胞特異的遺伝子ノックアウトマウスを作製する技術「βCas9法」を確立した。
この方法により、さまざまな膵β細胞特異的遺伝子ノックアウトマウスを迅速に作製することができ、膵β細胞の機能不全の研究を通じた2型糖尿病の病態解明を大きく加速させることを期待できるとしている。
研究は、順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学の植木響政氏、西田友哉准教授、綿田裕孝教授、北里大学医学部内分泌代謝内科学の共同研究グループによるもの。研究成果は、「Diabetes」にオンライン掲載された。
「糖尿病は、いまだに根本的な治療法が見出されておらず、膵β細胞を中心とした病態解明が不十分であることがその要因のひとつであると考えられます。本研究で確立した技術は、そうした糖尿病の病態解明や新規創薬をさらに加速させるツールとして、今後の応用が期待されます」と、研究グループでは述べている。
膵β細胞特異的遺伝子ノックアウト技術であるβCas9法を確立
これまで、膵β細胞の特異的遺伝子ノックアウトマウスの作製を通じて、2型糖尿病の病態には膵β細胞の機能不全が深く関与することが明らかにされてきた。
遺伝子が特定の組織で欠損したマウス(条件付き遺伝子ノックアウトマウス)を作製することは、その遺伝子が特定の組織や臓器で果たす役割を解明するうえできわめて有用な手段となる。
研究グループによると、膵β細胞特異的遺伝子ノックアウトマウスを作製する際には、Cre-loxPシステムを用いることが一般的だが、このシステムは目的遺伝子の改変や膵β細胞特異的遺伝子組換え誘導が可能なマウスの交配といった過程を必要とし、莫大な費用と時間を要するという難点があった。
そこで今回、近年注目されている遺伝子編集技術であるCRISPR-Cas9システムと、生体の遺伝子導入で頻用されるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを組み合わせることにより、膵β細胞特異的遺伝子ノックアウトマウスを作製することを目指した。
研究グループはまず、膵β細胞特異的にCas9およびそのレポーターであるEGFP(緑色蛍光タンパク)を発現するマウス(βCas9マウス)を作製した。次に、EGFPを標的としたgRNAを発現するAAVベクターを腹腔内に注射し、遺伝子ノックアウトの効率を検討した。
AAVの投与4週後に膵β細胞のEGFP発現を観察したところ、約80%の効率でEGFP遺伝子がノックアウトされることを確認した。また、若年発症成人型糖尿病4型(MODY4)の原因遺伝子として知られるPdx1をターゲットとしたgRNA(gPdx1)を、AAVベクターを用いた同様の方法でβCas9マウスに導入した。
そのマウスでは、膵β細胞でのPdx1の発現低下とブドウ糖負荷試験での血糖上昇が認められた。さらに、gPdx1が導入された膵β細胞では、本来分泌されるインスリンの発現が低下し、膵α細胞から特異的に分泌されるグルカゴンの発現が増加していることが確認され、膵β細胞の分化転換が生じていると考えられた。
この結果は、以前に得られていた膵β細胞特異的Pdx1ノックアウトマウスの解析結果と一致することから、この手法の有用性が確認された。研究グループは、βCas9マウスとAAVベクターによるこの新しい膵β細胞特異的遺伝子ノックアウトの技術を「βCas9法」と命名した。
順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学
Establishment of Pancreatic Beta Cell-specific Gene Knockout System Based on CRISPR-Cas9 Technology with AAV8-mediated gRNA Delivery (Diabetes 2023年8月25日)