男性ホルモン低下で腸内環境が変化 腸内細菌叢の多様性の低下は肥満やフレイルに関連
腸内細菌叢の多様性の低下は肥満・フレイル・骨粗鬆症・うつ・認知症に関連
順天堂大学と慶應義塾大学は、前立腺がんの内分泌治療(ADT)により、男性ホルモンのテストステロン濃度を低下させると、腸内細菌叢に変化が生じて、その多様性が損なわれることを明らかにした。
ADTは、テストステロン(男性ホルモン)を遮断することで、前立腺がんの病勢をコントロールする治療。前立腺がんの内分泌治療による主な副作用には、肥満、フレイル、骨粗鬆症、うつ、認知症などがあるが、腸内細菌叢の多様性の低下はこれらの病態と関連することが知られている。
内分泌治療を行った前立腺がん患者の腸内細菌叢の変化を経時的に測定し他結果、腸内細菌叢の変化が内分泌治療の副作用の発症に関与している可能性が示唆された。
内分泌治療時に腸内細菌叢の多様性の低下を抑制する手法を開発することで、前立腺がんの内分泌治療時の副作用を低減できることが期待される。
研究は、順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学の呉彰眞助手、堀江重郎教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授(研究当時 現:順天堂大学大学院医学研究科細菌叢再生学講座・特任教授)らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Prostate Cancer and Prostatic Diseases」にオンライン掲載された。
腸内細菌叢の変化が内分泌治療の副作用の発症に関与
前立腺がんは男性が罹患するがんでもっとも多く、日本国内でも年間8万人以上が罹患している。転移がんや根治治療をできない場合に、男性ホルモン(テストステロン)を遮断する内分泌治療が行われる。しかし、内分泌治療では、しばしばその副作用として肥満やフレイル、骨粗鬆症、うつ、認知症などを発症することが課題になっている。
一方、腸内細菌叢の多様性や腸内細菌が産生する代謝物質が、ヒトの健康に大きく影響することが近年の研究で明らかになりつつあり、腸内細菌叢の多様性の低下が、フレイル、骨粗鬆症、うつ、認知症などの疾患リスクにもなりうることが示唆されている。
そこで研究グループは、前立腺がんの内分泌治療によるテストステロン濃度の低下と腸内細菌叢との関連性について調査した。内分泌治療を行った日本人の前立腺がん患者23人を対象に、血中テストステロン濃度と腸内細菌叢やその代謝物質との関連について調べた。
具体的には、対象者の治療開始前2週間から治療開始後24週間の間で定期的に便と血液をサンプリングし、次世代型シークエンサーを用いて細菌の16S rRNA遺伝子をもとにした細菌叢解析と質量分析器を用いた便中代謝物質解析を行い、治療の経過に伴うそれらの変化を調べた。
その結果、腸内細菌叢の多様性解析では、細菌叢に含まれる菌種がどのくらい豊富であるかの指標となるα多様性と、細菌叢に含まれる菌種同士が系統的にどのくらい似ているかの指標となるβ多様性が治療にともなって有意に低下していることが明らかになった。
以上から、内分泌治療による血中テストステロン濃度の低下によって患者の腸内細菌叢の多様性が有意に低下する関連性が示された。このことは、腸内細菌叢の変化が内分泌治療の副作用の発症に関与している可能性を示唆している。
「本研究により、前立腺がん患者への内分泌治療による血中テストステロン濃度の低下によって患者の腸内細菌叢の多様性が損なわれることが明らかになり、肥満やフレイル、骨粗鬆症、うつ、認知症などの副作用の発症が腸内細菌叢の多様性の低下と関連している可能性が示唆されました。このことから、前立腺がん患者への内分泌治療時に腸内細菌叢の多様性低下を抑制するような食事療法などを併用することで、前立腺がん患者の内分泌治療時の副作用を低減できることが期待されます」と、研究グループでは述べている。
順天堂大学医学部附属順天堂医院泌尿器科
慶應義塾大学先端生命科学研究所
Gut environment changes due to androgen deprivation therapy in patients with prostate cancer (Prostate Cancer and Prostatic Diseases 2022年4月13日)