糖尿病の死後診断につながるバイオマーカーを発見 死後採血サンプルをメタボロミクス分析
死後採血サンプルをメタボロミクス分析 糖尿病の死後診断につながるマーカーを探索
死因の特定は、法医学の実務で困難であることが多くある。故人の病歴を知ることで、調査は進めやすくなり、また、亡くなる前の故人の状態を法医学者が推測する手助けとなる。
一方、糖尿病は世界的に有病率が高く、主要な慢性疾患であるが、故人の病歴が不明な場合、糖尿病が直接の死因であるか否かの診断は非常に困難になる。そのため、自宅などで糖尿病が原因で死亡しているところを発見された場合、正確に死因が診断できず、また統計に反映されないおそれがある。
現在、死亡後の糖尿病の診断の際に使用されている生化学的検査は、その精度に限界があり、診断の手がかりを増やすための新たな手法の開発が求められている。
メタボロミクスは、生体系内の糖、アミノ酸、脂質などの代謝物を網羅的に解析する研究手法で、近年バイオマーカー探索や生体内のメカニズムを包括的に調べる目的で急速に発展してきた。
メタボロミクス分析はこれまで、大腸がんからうつ病に至るまでの複雑な疾患のバイオマーカー探索や疾患のメカニズムを理解する目的でも使用されてきた。
しかし、これまでのメタボロミクス分析を使用したほとんどの研究は、生きている人から採取したサンプルを用いて疾患バイオマーカーを検索しており、死後に採取したサンプルを用いてメタボロミクス分析を詳細に実施した研究はほとんどなかった。
3種類の脂質をバイオマーカーとして使用
そこで研究グループは今回、死後に採取した血液サンプルのメタボロミクス分析により、糖尿病の死後診断につながるマーカー探索を試みた。2014~2017年に、千葉大学の法医学教室で剖検された糖尿病の病歴のある10人の被験者と糖尿病の病歴が確認されていない10人の被験者を対象に研究を実施。
その結果、生体膜にあるリン脂質の代謝産物であるリゾリン脂質は、糖尿病の病歴のない被験者よりも、糖尿病のある被験者で高い一方、2種類の脂質(スフィンゴミエリンとプラズマローゲン)は統計的に有意に低いことが確認された。
これにより、これら3つの脂質をはじめとする、いくつかの代謝産物が、糖尿病の法医学診断のバイオマーカーとして使用できることが示唆された。
今回の研究成果により、死後でも糖尿病の病歴を診断する手がかりが増える可能性があり、死因究明の質が向上し、公衆衛生が向上することが期待される。
研究は、東京大学医学部の成相舞花氏(現:東京大学医学部附属病院 初期研修医)と東京大学大学院医学系研究科の槇野陽介准教授、千葉大学大学院医学研究院の岩瀬博太郎教授、安部寛子助教(当時、現:バイオデザイン)、星岡佑美助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Legal Medicine」に掲載された。
「死後の血液サンプルを使用したメタボロミクス分析をさらに発展させることで、他の疾患の診断マーカーがみつかる可能性もあります。それにより、現在死因が明確でない事件の調査にも役立つことが期待されます」と、研究者のひとである成相氏は述べている。
「さらに本研究は、糖尿病以外のさまざまな病気の診断や治療に対する新たな知見と、死後における体内の変化に関するより詳細な理解をもたらす可能性を秘めています。血液以外にも、死後の髪の毛や尿、硝子体液などもメタボロミクスの対象とすることでまた新たな知見が得られるかもしれません。今後メタボロミクスが法医学の新たな手法となると確信しています」としている。
行は有意差を示した代謝物のイオンを、列はサンプルをあらわす。有意に低いイオンは青で、有意に高いイオンは赤で表示。各色の明るさは、平均値と比較したときの差の大きさに対応する。
千葉大学附属法医学教育研究センター
Biomarker profiling of postmortem blood for diabetes mellitus and discussion of possible applications of metabolomics for forensic casework (International Journal of Legal Medicine 2022年1月20日)