ミトコンドリアを介した褐⾊脂肪細胞の⾃⼰活性化・脂肪燃焼メカニズムを発⾒ 肥満症治療薬の開発に期待

2022.08.23
 九州大学は、活性化したミトコンドリア機能を有する褐⾊脂肪細胞が細胞外⼩胞(エクソソーム)の分泌を促進し、⾃⾝および周囲の細胞がそれらを取り込んで持続的に⾃⼰活性化するというメカニズムを世界ではじめて明らかにした。

 活性化を促進する因子を褐色脂肪細胞自身で分泌し利用することで、持続的に脂肪燃焼を可能とする新たな仕組みを解明したとしている。

 今後、エクソソームそのものや、その⼩胞分泌機構をターゲットとする、根本的な肥満治療薬の開発につながる可能性がある。

エクソソームによる褐⾊脂肪細胞活性化メカニズムを解明

出典:九州⼤学、2022年

活性化したミトコンドリア機能を有する褐⾊脂肪細胞がエクソソームの分泌を促進し、⾃⾝および周囲の細胞がそれらを取り込んで持続的に⾃⼰活性化するというメカニズムを世界ではじめて明らかにした

 2型糖尿病・⼼筋梗塞・脳梗塞などの原因である肥満は、現在は減量以外に根本的な治療法がない。リモートワークが普及している現代では、生活スタイルの変化により、⽇常⽣活での身体活動量は減少し、肥満症がさらに増加することが懸念されている。根本的な肥満解消を⽬指す新しい治療法の開発が望まれている。

 研究グループはこれまで、ミトコンドリアに存在するTFAM(ミトコンドリア転写因⼦A)というタンパク質を過剰発現させたマウスには、強⼒な抗肥満効果が存在することを⽰し、さらにそのメカニズムについて解明していた。

 TFAMのほとんどはミトコンドリアDNAと結合してあり、ミトコンドリア(mt)DNA配列⾮特異的に結合することで、mtDNAを凝縮する働きがある。その⼀⽅で、配列特異的に結合して転写因⼦としても働いている。TFAMにはmtDNAの構造維持・転写・修復・複製などに関与しているとみられるが、解明されていない作⽤もあると考えられている。

 今回、TFAM⾼発現ホモマウス(TgTg)由来の褐⾊脂肪細胞は、野⽣型(WT)マウス由来の細胞に比べ、ミトコンドリア機能が活性化しており、より多くのエクソソームを分泌することを明らかにした。細胞から分泌されるエクソソームは、別の細胞に運搬されることで、機能的変化や⽣理的変化を引き起こす。

 また、WT由来の褐⾊脂肪細胞にTgTg細胞由来の培養液から抽出したエクソソームを加えて培養すると、エクソソーム濃度に応じて褐⾊脂肪細胞が活性化(⾃⼰分化)することも明らかにした。

 さらに驚くべきことに、TgTgマウスの褐⾊脂肪細胞をWTマウスに移植すると、⾼脂肪⾷摂取に対する著明な体重増加抑制が認められ、強⼒な抗肥満効果を⽰すことが分かった。

 今回の研究により、⽣体内に⽣理的に存在するエクソソームによる褐⾊脂肪細胞活性化メカニズムが解明され、肥満治療に求められる安全性・有効性という重要な条件を満たす新たな治療戦略が視野に入ってきた。

 「今後、エクソソームをはじめとする細胞外⼩胞の分泌促進に寄与するミトコンドリア活性化剤や、安定的なエクソソーム回収法の確⽴などにより、根治的肥満治療法の開発へ⼤きく貢献するものと考えられます」と、研究グループでは述べている。

 研究は、九州大学大学院医学研究院臨床検査医学の藤井雅一非常勤講師、病院検査部の瀬戸山大樹助教、康東天名誉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」に掲載された。

⾼脂肪⾷摂取下でTFAM ⾼発現(TgTg)マウスは野⽣型(WT)マウスと⽐較して⾮常に強い肥満抵抗正を⽰す
(左図) 体重推移 (右図) 脂肪組織⾁眼像

出典:九州⼤学、2022年

新しい褐色脂肪細胞活性化のメカニズムを明らかに

 肥満は単なる“危険因⼦”ではなく、健康・⽣命を脅かす肥満症と認識すべきであり、その根治的治療法を開発していくことは喫緊の課題となっている。日本では⼈⼝の25%が肥満・0.05%が病的肥満患者とみられ、その罹患率は増加の⼀途を辿っている。

 一方、褐色脂肪組織は新生児の体温を維持すために機能し、成人には存在しないと考えられていたが、2009年、PET-CTを用いて成人での存在が明らかにされた。

 それ以降、褐色脂肪組織の活性化に焦点をあてた研究は多く試みられている。カプサイシン、過活動膀胱の治療薬など既存の物質での活性化実績はあるものの、それらの副作用が問題となり、現時点で肥満治療薬として実用化にはいたっていない。したがって、安全性および有効性が担保される肥満治療薬の開発が求められている。

 研究室では、ミトコンドリアに存在するタンパク質TFAM(ミトコンドリア転写因子A)高発現(TgTg)マウスに着目。同マウスで著明に活性化している褐色脂肪組織の活性化メカニズムの詳細を検討し、根治的肥満治療薬開発への応用を目指して研究を進めてきた。

 今回の研究により、強力な抗肥満効果を示すTgTgマウスの褐色脂肪組織では、野生型(WT)マウスと比較してミトコンドリア機能が亢進しており、それにともない褐色脂肪細胞活性化に必要なタンパク質発現が上昇していることが分かった。

 次に、TgTgマウス由来の褐色脂肪細胞自体が抗肥満効果に影響を及ぼしていることを確認するため、TgTgマウス褐色脂肪細胞を抽出・培養し、WTマウスの褐色脂肪組織付近の皮下に移植したところ、高脂肪食摂食下でも体重増加抑制が認められた。

 そこで、TgTg由来とWT由来の褐色脂肪細胞に培養液を交通させて共培養を行ったところ、WT由来細胞でも褐色脂肪細胞が活性化していた。TgTg由来褐色脂肪細胞では、ミトコンドリア機能の亢進によりエクソソームの細胞外への分泌が著明に増加していることが確認された。

 したがって、この過剰分泌されたエクソソームがWT由来の細胞に培養液を通じて到達し、活性化に寄与しているという新しい褐色脂肪細胞活性化のメカニズムが明らかになった。

WT、TgTg褐⾊脂肪細胞から分泌されたエクソソームをそれぞれの濃度でWTの褐⾊脂肪細胞へ添加したところ、エクソソーム濃度にしたがい熱産⽣関連遺伝⼦の発現が上昇した

出典:九州⼤学、2022年

九州⼤学⼤学院医学研究院臨床検査医学
TFAM expression in brown adipocytes confers obesity resistance by secreting extracellular vesicles that promote self-activation (iScience 2022年8月9日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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