糖尿病性腎臓病の新たな治療標的を発見 尿細管のミトコンドリアリボソームが尿タンパクを低下 徳島大学
尿細管の異常がタンパク尿に関与する「尿細管-糸球体連関」を解明
研究は、徳島大学大学院医歯薬学研究部腎臓内科学分野の長谷川一宏准教授、脇野修教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of the American Society of Nephrology(JASN)」に掲載された。
糖尿病から生じる腎臓障害として、糖尿病性腎症と糖尿病性腎臓病があり、透析導入の最大の原因になっている。糖尿病性腎臓病に対して、糖尿病や高血圧の治療が行われているが、腎臓そのものへの有効な治療法はなく、患者数と医療費の増加に歯止めがかかっていない現状がある。
腎臓は血液から尿を作り体内の老廃物を排泄しているが、糸球体が目詰まりすると尿は生成されず、逆に目の粗いザルのように素通りとなるとタンパク尿になる。腎臓には、原尿が通る尿細管もあり、必要なものは原尿から再吸収され、老廃物はさらに原尿のなかに排泄され、最終的に体外に排泄される尿が生成される。尿細管には、ミトコンドリア、ならびにミトコンドリア独自のタンパク質合成装置であるミトコンドリアリボソームが豊富に分布している。
細胞質リボソームは、タンパク質合成のプロセスである翻訳をになうタンパク質産生装置の細胞内オルガネラ。ATP産生の際の重要な細胞小器官であるミトコンドリアにも、独自のリボソームであるミトコンドリアリボソームが、ミトコンドリア内部のマトリックスにあり、ミトコンドリア内膜のタンパクを合成している。
研究グループはこれまで、腎臓で「尿の通り道」という概念で捉えられていた尿細管の代謝失調が、糸球体の「濾過器」を構成する足細胞の機能にも異常が波及し、「濾過器」が障害され、タンパク尿が出現するという一連の病気の流れを解明している。
尿細管の細胞から糸球体足細胞への対話が途絶えてしまうことが、糖尿病の極めて早い段階で生じ、発症に関与していると考え、この連関を「尿細管-糸球体連関」と名付けた。
ミトコンドリアリボソームの機能低下を抑止し尿タンパクを低下する治療法の開発へ
「糖尿病性腎臓病はある程度進行すると、その進行を止められなくなるが、発症させない"先制医療"を実施すれば、発症や進行のみならず、重篤化も避ける高い効果をえられると考えられる研究が前進し、"超早期"の介入による新たな治療法の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
研究グループは今回、糖尿病性腎症を発症したモデルマウスを解析し、尿細管のエネルギー代謝失調に、ミトコンドリアリボソームの機能低下が起こっていることを明らかにした。ミトコンドリアリボソームの機能低下が生じたときには、すでに糖尿病性腎臓病を発症している。
さらに、この破綻を修復するため、これまで糖新生酵素としての作用に主眼が置かれてきた酵素「PCK1」を尿細管のみに過剰発現させたところ、これまで糸球体のろ過機能の破綻により主に生じると考えられてきたタンパク尿の低下効果を認め、その機序としてミトコンドリアリボソームの活性化作用が重要であることを突き止めた。
腎臓は、空腹時や飢餓時にグルコースを他の器官に供給する役割を肝臓とともにになっており、糖新生が活発に行われているが、腎臓でのPCK1の詳細な機能はよく分かっていなかった。今回の研究で、PCK1がミトコンドリアリボソームを活性化させる機能をも有することが新たに明らかになった。
研究成果により、PCK1の活性化をもたらす薬剤などの開発が、糖尿病性腎臓病の病気の進行を長期的に抑えうる画期的な治療につながる可能性が示された。
糖尿病性腎臓病の抑止をもたらす可能性
「糖尿病性腎臓病は、糖尿病患者が慢性腎臓病を経て透析になる最大要因の疾患であり、この発症や進行を抑えれば、慢性腎臓病や透析患者の発症抑止にも大きな成果が得られる可能性がある」と、研究グループでは述べている。
「新型コロナの重症化危険因子のなかには、糖尿病、慢性腎臓病、透析の3疾患が含まれ、これらの基礎疾患の免疫力低下が要因とされている。今回の発見は、透析患者増大のみならず、新型コロナの重症化抑止につながる基礎研究と考えられる」としている。
徳島大学大学院医歯薬学研究部腎臓内科学分野
PCK1 Protects against Mitoribosomal Defects in Diabetic Nephropathy in Mouse Models (Journal of the American Society of Nephrology 2023年5月18日)