糖尿病薬メトホルミンの新作用を発見 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の病態進行を抑制 COPDは世界の死亡原因の第3位

2022.04.05
 熊本大学は、糖尿病治療薬として広く利用されているメトホルミンが、気道病変/気腫病変混合型COPDのモデルマウスの肺の病態の進行を抑制することを発見した。

 メトホルミンは、AMPK活性化を介して、気道上皮細胞の上皮型Naチャネル(ENaC)の活性を抑制するとともに、好中球の浸潤やマクロファージ機能を抑制するという。

 糖尿病の治療薬として頻用されているメトホルミンが、非糖尿病型の慢性腎臓病(CKD)のモデルマウスに対しても効果を発揮することも明らかにしており、メトホルミンは多くの難治性疾患に対する、安価で有望な薬として期待されている。

メトホルミンが肥満をともなう気道病変型COPDなどに効果

 2型糖尿病の治療薬であるメトホルミンは、安価で安全性が高く、これまで多くの患者に投与されてきた実績がある。メトホルミンの作用点のひとつは、インスリン抵抗性(インスリンの効き目の低下)を改善することだ。

 メトホルミンは興味深いことに、その作用機序から、さまざまな疾患(糖尿病、肥満、肺がんなど)に対して、保護的に働くことも知られている。しかし、近年、患者数が増えてきている慢性炎症や肺気腫をともなう気道病変/気腫病変混合型COPDに対しても、メトホルミンが保護的な効果を発揮するかについては不明だった。

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、慢性の咳、痰、階段の上下りの疲れなど、日常生活のなかで呼吸困難(息切れなど)を特徴とする疾患。日本人の40歳以上のCOPD患者数は530万人と推定され、全世界でのCOPDによる死者は、現在までに300万人を超え、死因の第3位になっている。

 日本では、COPDの病型として、肺気腫症状が優位となる気腫優位型COPDの患者が多く認められるが、近年、欧米や肥満をともなうCOPD患者に多く問題になっているのは、気道病変優位型、および気道病変/気腫病変混合型COPDだ。

 熊本大学の研究グループは、メトホルミンが、気道病変/気腫病変混合型COPDの病態を模擬するモデルマウス(βENaC-Tgマウス)で、気道上皮細胞のAMPKの活性化を介して、COPD増悪因子である上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)の活性を抑制し、肺気腫と呼吸機能を示す0.1秒率(FEV0.1/FVC)を改善させることを明らかにした。

 AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)は、その活性化によりさまざまな種で健康寿命の延伸作用に寄与することが知られており、メトホルミンの作用機序のひとつに、この分子の活性化が考えられる。また、0.1秒率は、ヒトでの1秒率に相当するもので、肺機能の指標のひとつ。マウスの場合は、人工的に空気を肺に送り込んだ空気量(強制肺活量)に対し、最初の0.1秒間で吐き出した量の割合を示したもの。

 研究グループはさらに、メトホルミンは、肺組織でのプロテアーゼ(MMP9、MMP12)の発現や免疫細胞の遊走に関与する複数のサイトカインを抑制することで、COPD病態の増悪に関わる好中球の浸潤やマクロファージ機能を抑制することも見出した。

 プロテアーゼはタンパク質分解酵素であり、今回の研究で明らかにされた、好中球やマクロファージなどから産生されるMMPプロテアーゼは、炎症反応を増強し、炎症性疾患の増悪度を反映する指標となる。

 近年、COPDは、単独での肺疾患のみならず、合併症の有無により病態が増悪することが問題となっている。COPD合併症としてとくに問題となるのは、糖尿病、肥満、肺がんなどで、メトホルミンにはこれらの疾患に対する、直接的な抑制作用があると考えられるという。

 研究は、熊本大学大学院生命科学附属グローバル天然物科学研究センターの首藤剛准教授、大学院薬学教育部の中嶋竜之介氏らによるもの。研究成果は、薬理学の分野で定評のある国際誌「Journal of Pharmacological Sciences」にオンライン掲載された。

メトホルミンはCOPDモデルマウスおよびモデル気道上皮細胞のAMPKを活性化し、ENaCの活性を低下させることで、肺気腫や呼吸機能を改善する
出典:熊本大学、2022年

メトホルミンはCOPDに関わる好中球の浸潤やマクロファージ機能を抑制

 COPDと同じ閉塞性肺疾患に分類される嚢胞性線維症(CF)で、上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)は、肺疾患の増悪因子として注目されている。

 肺でENaCの発現量や機能が過剰になると、COPDやCFのような肺疾患が起こる。また、重症COPD患者の肺組織では、ENaCが過剰に発現しているなどの報告がある。

 したがって、ENaCはCOPD病態の発症に重要な分子であると考えられるが、ENaCを標的とした有望なCOPD治療薬は、いまだ発見されていない。

 首藤准教授らは以前、線虫による健康寿命の解析を行った際に、メトホルミンにより健康長寿の線虫集団が劇的に増加したことを見出しており、今回は、気道病変/気腫病変混合型COPDのモデルとして、独自に開発したモデルマウス(βENaC-Tマウス)およびモデル気道上皮細胞(β/γENaC-16HBE)を選択し、メトホルミンが、病態増悪因子であるENaCの活性を抑制できるか否かについて検討した。

 その結果、メトホルミンは、モデルマウスおよびモデル細胞の両方で、標的因子AMPKを活性化し、ENaCを抑制することを見いだした。

メトホルミンは、肺組織におけるプロテアーゼ (MMP9、MMP12) の発現を抑制することで、COPD 病態の増悪に関わる好中球の浸潤・機能やマクロファージ機能を抑制する
出典:熊本大学、2022年

 次に、モデルマウスへのメトホルミンの投与がCOPDに対して治療効果を発揮するか否かについて検討したところ、COPDモデルマウスの肺気腫と呼吸機能の指標である0.1秒率(FEV0.1/FVC)を改善させることを明らかにした。

 このとき、メトホルミンは、肺組織でのプロテアーゼ(MMP9、MMP12)の発現や、免疫細胞の遊走に関与する複数のサイトカインを抑制することで、COPD病態の増悪に関わる好中球の浸潤やマクロファージ機能を抑制することも見出した。

 なお、今回研究に用いたメトホルミンの1日投与量は、ヒトの最大投与量以下の用量であり、また、投与期間4週間のうち、マウスの体重、摂餌量、飲水量、随時血糖への悪影響はなかったとしている。

 「多くの人々に対して使用実績のある安価な糖尿病治療薬であるメトホルミンは、現在、世界中で問題となっている気道病変/気腫病変混合型COPD患者の包括的な治療に役立つ可能性があります」と、研究グループでは述べている。

メトホルミンによる気道病変/気腫病変混合型COPD肺病態の改善機構
出典:熊本大学、2022年

熊本大学大学院生命科学研究部附属グローバル天然物科学研究センター
熊本大学大学院生命科学研究部遺伝子機能応用学分野
Metformin suppresses epithelial sodium channel hyperactivation and its associated phenotypes in a mouse model of obstructive lung diseases (Journal of Pharmacological Sciences 2022年3月23日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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