循環器領域におけるバイオマーカーとしての尿中L-FABPの有用性と可能性
第83回 日本循環器学会学術集会 ランチョンセミナー48より
近年、慢性腎臓病(CKD)と心血管疾患が密接に関係していることが明らかになり、循環器領域においてもCKDの早期発見・治療の重要性が指摘されている。2011年に保険収載されたバイオマーカー「尿中L-FABP」は、急性腎障害(AKI)の発症やCKDの進展予測、さらには腎障害の進展と関係して心血管疾患の発症・予後予測のバイオマーカーとしても有用であることが明らかになってきた。本セミナーでは、循環器領域におけるバイオマーカーとしての尿中L-FABPの有用性と可能性について、独立行政法人地域医療機能推進機構東京高輪病院院長の木村健二郎先生に講演いただいた。
演者:木村 健二郎 先生
(独立行政法人 地域医療機能推進機構 東京高輪病院 院長)
座長:山口 修 先生
(愛媛大学大学院医学系研究科 循環器・呼吸器・腎高血圧内科学講座 教授)
血清クレアチニンだけでは腎機能を把握しきれない
急性腎不全(ARF)は従来、血清クレアチニン(Cr)の上昇により定義されてきた。しかし、血清Crは腎機能が定常状態の時には糸球体濾過量(GFR)を反映するが、腎機能が急激に低下した時にはGFRを反映しない。すなわち、GFRが急激に低下すると血清Crはすぐには上昇せず、数日かけてゆっくりピークに達し、GFRが戻り始めてもまだ上昇していたりする。また、高齢者など筋肉量の少ない患者では、GFRが低下しても血清Crはあまり上昇しない。これら臨床的欠点のためにARFの発見や治療が遅れ、予後の改善がなされないことが問題だった。
こうした状況を背景に登場したのが、急性腎障害(AKI)という新しい概念である。AKIは国際的な腎臓専門医団体であるKDIGOが、急激に腎機能が低下する病態を定義づけるべく作成したもので、①48時間以内の血清Cr 0.3mg/dL以上の上昇、②7日以内の血清Crの1.5倍以上の上昇、③尿量0.5mL/kg/hr未満が6時間持続、のいずれか1つがあればAKIと診断する。
従来の考え方からすれば、血清Crが0.3mg/dL以上上昇しただけでAKIと診断するのは違和感があるかもしれない。しかし重要なのは、血清Crが上がってきたところで診断がつく点である。とはいえ、まだ血清Crが上昇しないうちに診断がつく、あるいは上昇する可能性のある人を事前に発見できれば、さらに望ましいことはいうまでもない。また、筋肉量が少ない患者における血清Crの上がり方は緩やかでゆらぎに近く、血清Crだけでは腎機能を把握しきれない。そのため近年は、バイオマーカーに対する期待が高まっている。
AKIの早期診断に尿中バイオマーカーが有用
バイオマーカーは、①疾患の危険度の評価、②早期の非侵襲的なスクリーニングと診断、③疾患の層別化、④予後予測および治療介入に対する反応性評価などを行う際に、臨床医の手助けとなることが期待される。AKIに関していえば、早期発見や診断、高危険群の層別化、発症後の予後予測などが、バイオマーカーを用いることでより精緻に把握できるのではないかと考えられる。
その1つが尿中バイオマーカーで、わが国の「AKI診療ガイドライン2016」1では、「AKIの早期診断として尿中バイオマーカーを用いるべきか?」というCQに対し、「推奨:尿中NGAL、L-FABPはAKIの早期診断に有用な可能性があり測定することを提案する」と、その位置づけが記されている。図1は心臓手術後のAKIのイメージ図である。血清Crが術後ゆっくり上昇するのに対し、尿中バイオマーカーであるL-FABPやNGALはより早期に上昇し、予後良好患者ではその後すみやかに下降することが示されている。
尿中バイオマーカーにはL-FABPや NGALのほか、α1ミクログロブリン、β2ミクログロブリン、NAG、KIM-1などがあり、それぞれ動態が異なる。このうちL-FABPは、近位尿細管で産生されている14kDの蛋白で、わが国では2011年に保険収載された。2枚のβシートの間に脂肪酸をはさむ貝殻状の構造で、細胞内の脂肪酸を運ぶキャリア蛋白としての働きを有する。もともと尿中に少量漏れているが、遊離脂肪酸負荷(尿蛋白、虚血、酸化ストレス)により近位尿細管での発現が増強し、尿中への排泄が増加する。また、過酸化脂質と結合して尿中に排泄され、腎保護的に働いていると考えられている。白血球尿や血尿に影響されにくいのも、L-FABPの特徴である。
尿中L-FABP高値はAKIの独立した危険因子
AKIの尿中バイオマーカーとしてのL-FABPの有用性については、様々な研究結果が報告されている。造影剤投与後のAKI(造影剤腎症)に関しては、心臓カテーテル検査(CAG)を実施したCKD患者220例における検討2で、19例(8.6%)がAKIを発症し、発症群では検査後に血清Crが上昇、尿中NAGも上昇していた。同様に尿中L-FABPも上昇していたが、注目すべきは検査前から高値だったことである(図2)。24.5μg/gCrをカットオフ値にすると、尿中L-FABP高値とEF(駆出率)低値(≦40%)はAKIの独立した予測因子であり、尿中L-FABPについては感度82%、特異度69%であることが示された。
心臓集中治療室(CICU)におけるAKIに関しては、急性心不全でCICUに入室した患者281例を対象とした検討結果が報告されている3。AKI発症群(104例、37%)では尿中L-FABPが入室時から有意に高く、多変量解析でも尿中L-FABPはAKIの独立した危険因子であることが示された(カットオフ値12.5 μg/gCr、感度94.2%、特異度87.0%)。
急性冠症候群および急性心不全でCICUに入室した患者1,273例における検討4では、224例(17.6%)がAKIを発症し、発症群では予後が非常に悪かった。また、CICU入室時に尿中L-FABPと血清NT-proBNPが高値の患者ほどAKIの発症頻度が高く、これらはAKIの独立した危険因子であることが示された(図3)。さらに、尿中L-FABPと血清NT-proBNPという2つのバイオマーカーを組み合わせること(パネル化)で、より精緻にAKIの発症を予測でき、診断や高危険群の層別化に役立つ可能性が示唆された。
汎用自動分析装置で尿中Crと同時に測定できる
尿中L-FABPの測定法にはELISA法(酵素免疫測定法)、LTIA法(ラテックス凝集比濁法)、イムノクロマト法があり、それぞれ測定キットが出ている。このうちLTIA法によるキットは汎用自動分析装置に搭載可能で、診察前に尿中Crと同時に測定することができ、緊急検査にも対応できる。またイムノクロマト法によるキットは、バンドの濃さで尿中L-FABPを測定するPOC(Point of Care)キットである。その場で測定できるのでICUなど臨床現場で役に立つほか、保健師の家庭訪問時などでも今後の利用が期待できる。本キットとELISA法による測定値の比較では、両者の一致率が高いことも報告されている5。
尿中L-FABPは、AKIとCKDにおける尿細管機能障害を反映するバイオマーカーとして2011年に保険収載され、実施料は210点、判断料は34点と定められた。その際、算定条件では「AKIが確立されていない、敗血症または多臓器不全等の患者に対し、治療転帰を含めた重症化リスクを判別することで、血液浄化療法などの適応判断に利用可能性がある」と、その有用性が記されている。
わが国では、尿中NGALもAKIを対象疾患に保険収載されている。AKIの様々な要因を主成分分析でみると、CRPや白血球などの炎症要因と、虚血および肝障害要因の大きく2つに分かれ、NGALは炎症要因と、またL-FABPは虚血や肝障害要因と相関していた6。また、心臓手術後にAKIを発症した患者で尿中・血中L-FABPおよびNGALの動態をみると、尿中L-FABPはすぐ上昇していたが、血中L-FABPは時間が経ってから上昇していた7。一方、NGALは尿中NGAL上昇時に血中NGALも上昇しており8、これはL-FABPとNGALとではその動態がまったく異なることを表している。
尿中L-FABPはCKDとAKIの両方に保険適用があり、原則として3カ月に1回に限り算定する。一方、尿中NGALはAKIのみに保険適用があり、診断時は1回、その後はAKIの一連の治療で3回を限度として算定する。また、尿中L-FABPは汎用自動分析装置で測定可能だが、尿中NGALは専用の測定装置が必要である。
尿中L-FABPはCKDの優れた臨床指標
CKDは末期腎不全のみならず心血管疾患を起こす危険があり、早期発見・治療が重要だが、では何を指標に患者を診ていけばよいのか。患者の予後、治療の妥当性や変更の必要性を常に考えながら診療していくにあたり、血清Crのみでは対応が遅れる可能性がある。その際、CKDの尿中バイオマーカーとして役立つと考えられるのが、L-FABPである。
2型糖尿病患者147例を対象に、糖尿病性腎症の進行を4年間にわたり前向き観察した研究9では、腎症の病期が進行するとともに尿中L-FABPも上昇し、また非糖尿病のコントロール群に比べると、正常アルブミン尿の段階ですでに値が高いことが示された(図4)。患者を病期進行群と非進行群に分けると、尿中アルブミン、NAG、Type IVコラーゲン、L-FABPで有意に差があったが、実際にROC曲線を描くと尿中アルブミンとL-FABPでROC曲線下の面積(AUC)が高く、診断的価値の高いことが示唆された。
同研究において、尿中L-FABPと尿中アルブミンをそれぞれの基準値(尿中L-FABP 8.4μg/gCr;尿中アルブミン 30mg/gCr)に基づいて組み合わせると4群に分かれる。4年間の経過観察で、両項目とも低い群で腎症が進行する割合は13%なのに対し、両項目とも高い群では70%と、危険性が高いことが示されている。また、尿中L-FABP高値・尿中アルブミン低値の群は50%、尿中L-FABP低値・尿中アルブミン高値の群はわずか9%だった。この結果からも、1つの指標だけでなく複数の指標を組み合わせることが臨床的には重要と考えられる。
2型糖尿病患者618名を12年間追跡した研究10では、尿中L-FABP高値群(>9.5μg/gCr)の方が、低値群(≦5.0μg/gCr)や中間値群(5.0~9.5μg/gCr)に比べ、透析だけでなく心血管疾患なども含む複合エンドポイントに達する人が多かった。また調整ハザード比をみると、正常アルブミン尿でも微量アルブミン尿でも、尿中L-FABPが高くなるとともにハザード比が上がっており、糖尿病性腎症における予後をみる上で尿中L-FABPが役立つことが示された。
CAG後の尿中L-FABP上昇は長期予後にも関係
尿中L-FABPについてはこのほか、心血管疾患に関する報告もある。CAG後AKIを発症しなかった患者29名を対象に、心血管疾患の発症を10年間にわたり追跡した研究11では、尿中L-FABPはCAG後12時間・24時間で高値となっていた。患者を10年後までに心血管疾患を発症した群と発症しなかった群に分けると、尿中アルブミンとNAGは両群で差がつかなかったが、尿中L-FABPは発症群で有意に高かった(図5)。Kaplan-Meier法による解析では、CAG前とCAG後24時間の尿中L-FABPの差が11.0μg/gCr以上ある患者では心血管疾患を発症するリスクが高くなっており、CAG後の尿中L-FABPの上昇は、数年から10年後の予後にも関係することが示された。
これまで述べてきたように、尿中L-FABPは腎尿細管に対する虚血・酸化ストレスを反映して尿中排泄が増加するため、AKIの発症およびCKDの進展予測のバイオマーカーとして有用と考えられる。また腎障害の進展と関係して、心血管疾患の発症や予後予測のバイオマーカーとしても有用性が示されている。他方、尿中L-FABPは単独で用いるより、尿中アルブミンや他のバイオマーカーと組み合わせること(パネル化)で、臨床的な有用性が増す可能性がある。
今後の課題としては、1つには経過中の値の変化の予後予測における意義や治療の影響が挙げられる。すなわち、もともと値が高い患者を治療した場合どう変化するか、値が下がった患者・経過観察中に上がってくる患者の予後がどうなるかなどについては、まだ十分検討されていない。また、もともとAKIの診断は血清Crの上昇により定義づけられており、尿中L-FABPに基づいてAKIを診断した場合、それが真に予後改善に役立つのかという問題もある。両者を比較した研究はまだ行われておらず、今後の検討が待たれる。
Discussion ―フロアとの質疑応答―
――循環器内科で急性冠症候群などを治療しています。患者さんの多くは血行動態が非常に不安定で、また経皮的冠動脈形成術や造影剤投与、RA系阻害薬による治療を受けている方もいます。こうした患者さんで尿中L-FABPを測定する場合、尿中Cr補正は行うべきでしょうか。
木村先生 Cr補正に関してはいくつか議論があり、「アルブミンといった糸球体から漏れているものに関しては補正すべきだが、近位尿細管から漏れてくるものを補正するのは意味があるのか」ということが言われています。最終的な尿の濃度だけでみると、濃縮尿ではアルブミン量が上がり希釈尿では下がるというように、影響はかなり多く出ます。したがって、私自身はできれば尿中Cr補正はした方がいいと考えています。ただし、臨床現場でCr補正が難しい場合は、次善の策で尿中L-FABPを測定するだけでも十分意義があると思います。
文献
初 出
第83回 日本循環器学会学術集会 ランチョンセミナー48 会議センター315 (パシフィコ横浜)
演題:循環器領域におけるバイオマーカーとしての尿中L-FABPの有用性と可能性
座長:山口 修 先生(愛媛大学大学院医学系研究科 循環器・呼吸器・腎高血圧内科学講座 教授)
演者:木村 健二郎 先生(独立行政法人 地域医療機能推進機構 東京高輪病院 院長)
共催:シミックホールディングス株式会社、積水メディカル株式会社