肥満にともなう慢性炎症の分子メカニズムを解明 高インスリン血症が抗炎症性サイトカインを分泌するマクロファージの活性を阻害
2018.11.22
東京大学は、抗炎症作用を有する「M2aマクロファージ」の活性が、肥満の時に減弱するメカニズムを明らかにした。肥満にともなう高インスリン血症が、「インスリン受容体基質-2(Irs2)」の発現を低下させ、IL-4によるM2aマクロファージ活性を減弱させるという。
慢性炎症の分子メカニズムを解明すれば、2型糖尿病や脂質異常症など、肥満が関連する代謝疾患の新たな治療薬の開発につながる可能性がある。
慢性炎症の分子メカニズムを解明すれば、2型糖尿病や脂質異常症など、肥満が関連する代謝疾患の新たな治療薬の開発につながる可能性がある。
高インスリン血症が「M2aマクロファージ」活性化を減弱
研究は、東京大学大学院医学系研究科糖尿病・生活習慣病予防講座の門脇孝・特任教授、同大医学部附属病院病態栄養治療部の窪田直人部長、理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チームの窪田哲也上級研究員らの研究グループによるもの。研究成果は英国の科学雑誌「Nature Communications」に発表された。 肥満にともなう糖尿病や脂質異常症などの代謝異常の原因として、脂肪組織における抗炎症作用を有する「M2aマクロファージ」の活性低下による慢性炎症が注目されているが、なぜ肥満でM2aマクロファージ活性が減弱するのか、その分子メカニズムはよく分かっていない。 研究グループは、肥満・インスリン抵抗性にともなう高インスリン血症が、マクロファージのインスリン受容体を介して「インスリン受容体基質-2(Irs2)」の発現を低下させ、その結果Irs2を介したIL-4によるM2aマクロファージ活性化が減弱し、慢性炎症が惹起されることを発見した。 Irs2は、インスリンによりインスリン受容体に引き続き活性化される分子で、肝臓や膵臓などに広範に分布しており、インスリン作用の主要な担い手と考えられている。マクロファージではインスリンに加えてIL-4によっても活性化されることが知られている。「M2aマクロファージ」の活性低下により慢性炎症が
代謝異常をともなう肥満患者と、代謝異常をともなわない肥満患者の比較から、肥満にともなう代謝異常の基盤病態として、慢性炎症の重要性が示唆されている。慢性炎症を制御するマクロファージは、大きく炎症性サイトカインを分泌する「M1マクロファージ」と、抗炎症性サイトカインを分泌する「M2マクロファージ」に分類される。 脂肪細胞の肥大化にともなうM1マクロファージの増加と、M2マクロファージの減少が、慢性炎症の原因と考えられている。これまで慢性炎症の分子メカニズムについては主にM1マクロファージ活性化機構を中心に解析されてきたが、M2マクロファージ、特に中心的な役割を果たすM2aマクロファージ活性が障害されるメカニズムについては不明の点が多い。 M2aマクロファージは、主にIL-4/IL-4 type1受容体、STAT6や、Irs2を介して活性化される。肥満モデルマウスのマクロファージでは、IL-4によるSTAT6活性は保たれているが、Irs2の蛋白レベルが低下しており、Irs2を介したシグナルの減弱が認められた。Irs2が「M2aマクロファージ」活性化に重要な役割を果たす
そこで研究グループは、マクロファージにおけるIrs2の役割を明らかにするために、ミエロイド特異的Irs2欠損(MIrs2KO)マウスを作製し、高脂肪食負荷を行い解析した。 その結果、肥満の程度や脂肪細胞のサイズには差はなかったが、このマウスではインスリン抵抗性や耐糖能異常が認められ、F4/80陽性のマクロファージ集簇にともないCLSが有意な増加し、炎症性サイトカインが上昇していた。CLSは王冠様構造と呼ばれ、肥満に伴い肥大化した後、細胞死に陥った脂肪組織をマクロファージが取り囲んで貪食・処理している構造物。 FACS解析を実施すると、M2マクロファージ、特にM2aマクロファージ関連遺伝子の発現が著明に低下しており、Irs2がM2aマクロファージ活性化に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。 また一連の解析から、肥満ではIL-4によるSTAT6活性化は変化しないが、Irs2の発現が低下するためにIrs2を介するIL-4シグナルが減弱し、FoxO1/HDAC3/NCoR1 Corepressor Complexの乖離が十分に起こらないため、M2aマクロファージ活性が障害されていることが明らかとなった。Irs2を活性化する薬剤の開発に期待
次にIrs2が肥満で低下するメカニズムを検討するために、インスリン受容体を介したインスリンシグナルに着目し、ミエロイド特異的インスリン受容体欠損(MIRKO)マウスを作製し解析した。 興味深いことに、このマウスではインスリン感受性を示し炎症性サイトカインも低下し、M2aマクロファージ関連遺伝子の発現も有意に上昇していた。このマウスのマクロファージでは、Irs2の発現が有意に上昇しており、Irs2の発現低下は肥満にともなうインスリン受容体を介した高インスリン血症によるものであることが示された。 以上の結果から、肥満・インスリン抵抗性にともなう高インスリン血症はインスリン受容体を介してIrs2の発現を低下させ、IL-4によるIrs2を介したM2aマクロファージの活性化が障害されることにより、これが慢性炎症や肥満にともなう種々の代謝異常の原因となっていることが明らかとなった。 「食事療法や運動療法、既存の薬剤などによる高インスリン血症の改善の重要性が改めて示されるとともに、マクロファージのIrs2の働きやその下流のシグナルを活性化させるような薬剤が、肥満を解消せずとも2型糖尿病や脂質異常症など、肥満関連代謝疾患を改善できる新たな治療薬の開発につながる可能性がある」と、研究者は述べている。Downregulation of macrophage Irs2 by hyperinsulinemia impairs IL-4-indeuced M2a-subtype macrophage activation in obesity(Nature Communications 2018年11月19日)
[Terahata / 日本医療・健康情報研究所]