インスリンの働きを高める脳から骨格筋までの経路を解明 糖尿病の新たな治療法に

2017.12.28
交感神経は、脂肪細胞産生ホルモン「レプチン」による骨格筋での糖取込み促進作用に必須

 交感神経は、血圧や心拍数を調節することが知られているが、これらの作用に加えて、骨格筋のインスリン作用を増強し、糖の取込みを増加させることが、自然科学研究機構生理学研究所などの研究で明らかになった。インスリン抵抗性の発症メカニズムや、その治療法の開発につながる発見だ。

交感神経が骨格筋において糖の取込みを促進

 レプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンであり、視床下部腹内側核に作用して骨格筋での糖の取込みを促進する。しかし、レプチンが、視床下部腹内側核に作用した後、骨格筋において糖の取込みを促進する機構は不明だった。

 自然科学研究機構生理学研究所の箕越靖彦教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部の志内哲也准教授、昭和女子大学江崎治教授、静岡大学三浦進司教授らの共同研究グループは、レプチンが視床下部腹内側核に作用した後、交感神経とβ2アドレナリン受容体を活性化し、インスリン作用を増強することによって、骨格筋への糖の取込みを促進することを明らかにした。研究結果は「Scientific Reports」に掲載された。

 レプチンは、視床下部腹内側核に作用して骨格筋に投射する交感神経を活性化し、β2アドレナリン受容体を活性化することにより、骨格筋においてインスリンの働きを増強し、糖の取り込みを促進しているという。

 交感神経は、血圧や心拍数を調節することが知られているが、今回の研究で、骨格筋において糖の取込みを促進することも分かった。
脂肪細胞から血中に分泌されたレプチンは、視床下部腹内側神経細胞に作用し、交感神経を活性化する。活性化した交感神経はノルアドレナリンを分泌して、骨格筋細胞及び血管のβ2-アドレナリン受容体を活性化する。β2-アドレナリン受容体は、インスリンによるインスリン受容体とその細胞内シグナル分子であるAktをリン酸化して活性化する。活性化したインスリンシグナルは、骨格筋細胞への糖(グルコース)の取込みを促進する。骨格筋細胞に取り込まれたグルコースは酸化分解され、運動や熱産生のエネルギー源として利用される。

インスリンの働きを高める脳から骨格筋までの経路を解明

 レプチンは脂肪細胞で産生されて血中に分泌され、脳に作用を及ぼす。レプチンは、主に視床下部の神経細胞(ニューロン)に作用を及ぼし、食欲を抑えるとともに、末梢組織において脂肪酸酸化や糖の利用を高めることで、熱産生を促進する。また、骨格筋などの末梢組織においてインスリンの作用を高め、その結果、糖の取込みを促進し、血糖値の上昇を防ぎぐ。

 レプチンによる抗糖尿病作用がヒトにおいても重要であることは、レプチンの産生場所である脂肪細胞が消失する病気「脂肪萎縮症」において、血中レプチン濃度が低下してインスリンの働きが低下し、その結果、重症の糖尿病を発症することからも明らかだ。

 脂肪萎縮症では、膵臓からインスリンはたくさん分泌されるが、骨格筋においてインスリンの働きが低下するため、インスリンによる治療もほとんど効果がない。ところがレプチンを投与すると、この病気の糖尿病が著しく改善することが明らかとなり、現在では、この疾患の治療薬として世界中で利用されようになった。

 箕越教授の研究グループは、これまで、レプチンが視床下部腹内側核の神経細胞に直接働き、骨格筋、心臓、そして熱産生組織として知られる褐色脂肪組織においてインスリンの働きを高め、糖の利用を促進すること、加えて骨格筋ではAMP-kinase(AMPK)を活性化することによって脂肪酸酸化を促進することを報告してきた。

 しかし、レプチンが視床下部腹内側核に作用した後、どのようにして上記の組織において糖の取込みを促進するかは、不明だった。このメカニズムを解明することは、新しい糖尿病治療の開発にもつながる可能性がある。とりわけ、骨格筋は個体に占める割合が大きいため、骨格筋でのメカニズムを明かにすることが重要となる。

レプチンを投与すると骨格筋に投射する交感神経の活動が高まる

 研究グループは、視床下部腹内側核神経細胞にレプチンが作用すると、交感神経が活性化することから、交感神経から分泌されるノルアドレナリンの受容体、特に骨格筋に多く発現するβ2アドレナリン受容体に着目した。

 まず、βアドレナリン受容体を全て欠損したマウス(β-lessマウス)を準備して、そのマウスの視床下部腹内側核にレプチンを投与し、骨格筋を含む末梢組織での糖の取込みを調べた。

 その結果、レプチンを視床下部腹内側核に投与すると、対照群のマウスでは、骨格筋、心臓、褐色脂肪組織において糖の取込みが促進したが、β-lessマウスでは糖の取込みが増加しなかった。肥満の原因となる白色脂肪組織では、糖の取込みは対照群、β-lessマウスともに変化しなかった。また、レプチンを視床下部腹内側核に投与すると、骨格筋に投射する交感神経の活動が高まることも分かった。

交感神経から分泌されたノルアドレナリンがインスリン作用を増強

 次に、骨格筋のβ2アドレナリン受容体が、糖の取込みに直接関与しているか否かを調べるため、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)を用いて、β-lessマウスの片足の一部の骨格筋にβ2アドレナリン受容体を強制的に発現させ、レプチンによる糖の取込みを調べた。その結果、β2アドレナリン受容体を発現させた骨格筋においてのみ、レプチンによる糖の取込みが回復した。

 以上の実験結果から、レプチンが視床下部腹内側核に作用すると、骨格筋に投射する交感神経の活動が高まり、交感神経末端からノルアドレナリンが分泌されて、骨格筋内に存在するβ2アドレナリン受容体を活性化し、糖の取り込みを促進することが示唆された。

 この作用は白筋よりも、姿勢の維持など関わる赤筋で強く、これは、レプチンが赤筋に投射する交感神経の活動をより強く促進するためによると考えられる。また、β2アドレナリン受容体を強制的に発現させた骨格筋では、糖の取込みが促進すると同時に、骨格筋内のインスリンシグナルが増強していた。

 このことから、交感神経から分泌されたノルアドレナリンが、β2アドレナリン受容体を介して骨格筋におけるインスリン作用を増強し、これによって糖の取込みを促進することが示唆される。褐色脂肪組織と心臓への糖の取込み促進作用も同様の機構によって糖の取込みが促進する可能性がある。

 今回の研究で、交感神経は血圧や心拍数を調節する作用に加えて、骨格筋のインスリン作用を増強し、糖の取込みを増加させることが分かった。今回の発見は、肥満や糖尿病の病因解明、新しい治療法の確立につながることが期待される。
A レプチンをマウス視床下部腹内側核に投与した時の、末梢組織における糖取込みの変化。対照群では、骨格筋(赤筋)[ヒラメ筋(赤筋)、腓腹筋(赤筋部分)、長趾伸筋(混合筋)]、褐色脂肪組織、心臓において糖の取込みが促進した。しかし、β-lessマウスでは促進しなかった。白色脂肪組織では糖の取込みはレプチンによって変化しなかった。
B ノルアドレナリン含量の減少速度に基づく交感神経活動の測定。ノルアドレナリン含量の減少が早いほど、その組織において交感神経の活動が活発であることを示す。レプチンをマウス視床下部腹内側核に投与すると、ヒラメ筋に投射する交感神経の活動が亢進した。しかし、腓腹筋の白筋部分では変化しなかった(糖の取込みと相関する)。
自然科学研究機構生理学研究所
Induction of glucose uptake in skeletal muscle by central leptin is mediated by muscle β2-adrenergic receptor but not by AMPK(Scientific Reports 2017年11月9日)

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