消えたインスリンのその後 連載「インスリンとの歩き方」第5回
1型糖尿病患者の遠藤伸司さんによる連載「インスリンとの歩き方」は、第5回「消えたインスリン その2」を公開しました。米国旅行で強盗事件に遭遇し、途方に暮れる遠藤さん。残り4日間の日程をどう乗り切ったのでしょうか?
連載「インスリンとの歩き方」へ ▶
執筆者の遠藤さんは、中学生の頃に1型糖尿病を発症。以来、約30年間の療養生活の中で、留学や進学、就職、そして転職、プライベートまで幅広い経験を積み、なにかと無理をすることもあったようです。
連載では、そんな遠藤さんの半生を、糖尿病——特にインスリン製剤と上手につきあうためのコツやノウハウを中心に、実体験のエピソードを交えて語っていただきます。1型糖尿病患者さんをはじめ、2型糖尿病患者さん、糖尿病医療に携わる方々は、ぜひご一読ください。
第5回 消えたインスリン その2(本文より)
アメリカ西海岸への卒業旅行は、最終日の前日に、とんでもない事になった。ロサンゼルス空港に向かう途中、街道近くのモーテルに荷物を置いて外出したのが仇になり、現金、パスポート、インスリン、ありとあらゆる生命の必需品はアメリカの大地に消え失せた。気楽な旅行者だったはずが、無一文で、国籍不明で、病気持ちの無法者に、被害者の僕の方がなってしまった。
頼みの綱はポケットにあった一枚のクレジットカードだけだった。
でも、このカードのお陰で、「絶対安全」と思える高級ホテルにチェックインできることになった。少し安堵して駐車場にレンタカーを停め、トランクから全ての荷物を下ろすと、端の方にグレゴリー製の黒いベルトを巻いた僕のポシェットが転がっているのが目に入った。車の揺れで前後左右に転がったようで、ポツンと裏返しになっていた。
「アッこんなところにあったんだ」僕は獲物に襲いかかる猛獣のような勢いでチャックを引っ張った。中には期待に違わず、1日1回打っていた、効き目の長い中間型のインスリンとシリンジの注射器が数本入っていた。