膵β細胞を保護する新しい仕組みを解明 過剰な負荷がかかる前に休ませて細胞機能を維持 群馬大学

2026.04.28
群馬大学は、横浜市立大学、カナダ・アルバータ大学らとの共同研究により、インスリンを作り出す膵β細胞を過剰な負荷がかかる前に休ませることで保護するという、新しい糖尿病治療につながる可能性のある仕組みを明らかにしたと発表した。

 インスリンは、「プロインスリン」という前段階のタンパク質として細胞内のリボソームでメッセンジャーRNAから合成(翻訳)され、その後小胞体で正しく折りたたまれる(フォールディング)ことで、機能を持つインスリンへと成熟する。この正しい立体構造の形成は、インスリンが正常に働くために極めて重要とされる。しかし、糖尿病では高血糖の持続に伴い、膵β細胞でのインスリン産生が増加した結果、小胞体でのフォールディングが追いつかず、構造の異常なプロインスリン(不良タンパク質)が増加する。これらの不良タンパク質が小胞体内に蓄積・凝集して細胞に強い毒性を示した状態を「小胞体ストレス」と呼ぶ。細胞はこのストレスに対処するため、「小胞体ストレス応答」と呼ばれる防御機構を働かせ、小胞体の状態を正常に保とうとする。しかし、糖尿病のように慢性的な代謝ストレスが続く環境では、この防御機構だけでは対処しきれず、小胞体ストレスが持続し、最終的に膵β細胞はアポトーシスに至る。この小胞体ストレスに起因するアポトーシスによる膵β細胞の減少は、糖尿病の進行に寄与することが知られている。

 メトホルミンは、インスリン抵抗性を改善し血糖値を低下させる代表的な経口血糖降下薬であるが、膵β細胞そのものに対する直接的な作用、特に小胞体ストレス下での影響は十分に解明されていなかった。そこで本研究では、小胞体ストレスを誘導する薬剤 であるタプシガルギンなどを用いて小胞体ストレスを誘導し、マウスおよびヒト膵島、膵β細胞株において、メトホルミンの直接的な作用を詳細に解析した。

 その結果、メトホルミンは小胞体ストレスによって増加する膵β細胞のアポトーシスを有意に抑制することが明らかになった。マウス膵島を用いたプロテオミクスおよびリン酸化プロテオミクス解析では、タンパク質翻訳制御に関わるeIF2αシグナルがタプシガルギンにより低下する一方で、メトホルミン添加により回復することが明らかになった。しかし、実際のタンパク質翻訳活性をポリリボソームプロファイリングという手動などで詳細に解析すると、メトホルミンは小胞体ストレスの有無にかかわらず、膵β細胞における全体的なタンパク質翻訳を抑制する作用を示した。

 小胞体ストレス応答の主要な経路の一つとして、翻訳制御に関わるeIF2αのリン酸化が知られている。本研究では、メトホルミンはこのeIF2αのリン酸化を一時的に抑制することが確認された。しかしながら、統合的ストレス応答を阻害する薬剤を用いても、膵β細胞のアポトーシスの改善は部分的にとどまり、メトホルミンが示す十分な細胞保護効果を説明するには至らなかった。すなわち、メトホルミンの作用はeIF2α経路のみでは説明できないことが示唆された。

 タンパク質翻訳は、eIF2α経路に加えて、「Cap依存的翻訳」と呼ばれる別の重要な経路によっても制御されている。この経路では、翻訳開始因子eIF4Eが中心的な役割を担っており、4E-BP1はこのeIF4Eに結合することで翻訳を抑制する。一方で、4E-BP1がリン酸化されるとeIF4Eから解離し、翻訳が促進される。

 本研究では、メトホルミンは4E-BP1の脱リン酸化を促進し、翻訳開始因子eIF4Eとの結合を強化することが明らかになった。これにより、Cap依存的タンパク質翻訳が抑制されると考えられた。さらに4E-BP1の発現を低下させるノックダウン実験では、メトホルミンによる膵β細胞のアポトーシス抑制効果が打ち消された。この結果より、4E-BP1がメ トホルミンの抗アポトーシス作用において中心的役割を担うことが示された。

 以上の結果より、メトホルミンは4E-BP1を介してタンパク質翻訳を抑制することで、小胞体で処理すべきタンパク質の量(過剰な負荷)を減少させ、小胞体ストレスの発生・増悪を防ぎ、結果として膵β細胞のアポトーシスを抑制することが明らかとなった。

 糖尿病の状態では、インスリン需要の増加に伴ってタンパク質合成が亢進し、それに比例して折りたたみ不全のタンパク質も増加する。その結果、小胞体に過剰な負荷がかかり、小胞体ストレスが引き起こされる。これに対しメトホルミンは、タンパク質翻訳をあらかじめ抑制することで、小胞体に流入するタンパク質量を減らし、折りたたみ不全タンパク質の蓄積を未然に防ぐ。

 この作用は、小胞体ストレス応答におけるeIF2αを介した翻訳抑制とは独立しており、ストレス発生後の応答ではなく、ストレスが生じる前の段階で介入する「先回りした制御」であると言え、すなわち、膵β細胞に過剰な負荷がかかる前にその活動を一時的に抑え、“休ませる”ことで細胞死を予防するという、新しい作用機序が示された。

 研究グループは、「本知見は、糖尿病において膵β細胞が持続的な高血糖などの慢性的な代謝ストレスにさらされる前、すなわち病態の早期段階から治療介入を行うことの重要性を強く支持するものである。従来のように高血糖に対して膵β細胞に過剰な負荷をかけ続けるのではなく、適切に“休ませながら守る”という『先制医療(早期介入)』の考え方を、分子メカニズムの観点から裏付ける臨床的にも極めて重要な知見であると考えられる」と述べている。

 本研究は、群馬大学生体調節研究所の教授 白川純氏、助教 井上亮太氏らの研究グループが横浜市立大学、カナダ・アルバータ大学らと共同で実施したもので、研究成果は2026年4月8日付で「Metabolism」に掲載された。

[ 糖尿病リソースガイド編集部 / 日本医療・健康情報研究所 ]

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