糖尿病の難治性潰瘍をiPS細胞由来の巨核球と血小板で治癒 従来のPRP療法の欠点を解消 千葉大学とiPS細胞研究所
皮膚潰瘍の新しい治療法を開発
iPS細胞由来の巨核球を使用
千葉大学と京都大学iPS細胞研究所(CiRA)などは、ヒトiPS細胞から誘導した血小板産生細胞である巨核球と血小板の混合製剤により、糖尿病マウスの創傷治癒を促進することに成功した。
難治性潰瘍は、皮膚が深部まで欠損し、治癒が通常どおりに進行しないで、数週間から数ヵ月以上遷延した状態。糖尿病や重症下肢虚血、膠原病などを原因に、難治性潰瘍の患者数は増加の一途をたどっている。
創部の感染により、下肢の切断などを余儀なくされる場合もあり、QOLの低下や生命予後の悪化につながる。
皮膚潰瘍の新しい治療法として、患者の血液に含まれる血小板を濃縮して創部に投与する多血小板血漿(PRP)療法が試みられているが、その有効性と安全性は確立されていない。
また科学的には、血小板から放出される多様な生理活性物質に含まれる成長因子が、創部の環境を改善し、治癒を促すとみられているが、その作用メカニズムは十分に明らかになっていない。
さらに、PRPの調製には、患者自身から採取した血液を用いるため、採血にともなう負担や、合併症により実施できない可能性があるなどの課題もある。血小板に含まれる成長因子の濃度は個人差が大きく、安定した効果が得られにくいといった点も指摘されている。
一方、研究グループはこれまでに、iPS細胞(多能性幹細胞)から分化させた血液前駆細胞に、3種類の遺伝子を発現させ、血小板を生み出す細胞である巨核球細胞を不死化することに取り組んでいた。
一般的に細胞が分裂できる回数は有限だが、増殖を促進するタンパク質を発現させることなどにより、その制限を超えて無限に増殖できる状態にするのが不死化だ。
これにより、巨核球細胞を大量に増殖させ、そこから膨大な数の血小板を製造することに成功した。
今回の研究では、これらの細胞を難治性潰瘍の治療に応用し、iPS細胞由来の巨核球および血小板の混合製剤(iMPs:iPSCsderived Megakaryocytes and Platelets)の創傷治癒の促進効果を検証した。
iS細胞から誘導した巨核球細胞と血小板の混合製剤
線維芽細胞の増殖を促進 成長因子の産生能力も上昇
研究グループはまず、iMPsから放出される成長因子の濃度を測定し、従来のPRPと比較した。
その結果、複数の創傷治癒を促進する代表的な成長因子は、iMPsとPRPの両方から高濃度で検出されたが、有効な成長因子のひとつであるFGF2は、PRPからは検出されず、iMPsのみで検出されることを確認した。同じヒト血小板を含むiMPsとPRPだが、放出される成長因子は部分的に異なっていることが分かった。
FGF(線維芽細胞増殖因子)は、組織の発達と修復に関連するヘパリン結合タンパク質であり、24種類のFGFファミリーが同定される。FGF2は、強力な血管新生促進作用を有し、すでに皮膚潰瘍の治療薬として製剤化されている。
次に、創傷治癒で重要な役割をもつ線維芽細胞と血管内皮細胞に対して、iMPsがおよぼす影響を検証した。
その結果、iMPsは、線維芽細胞の増殖を促進するだけでなく、線維芽細胞自体からの成長因子の産生能力を上昇させることが分かった。このことは、iMPsが創傷治癒の進行に欠かせない細胞間コミュニケーションを促す可能性を示している。
さらに、iMPsは血管内皮細胞の増殖も促進したが、その効果は従来のPRPと比べ8.8倍と高いことも確かめた。
このような大きな違いが生じた原因として、研究グループはiMPsのみで検出された成長因子FGF2に着目した。実際に、FGF2は単独でも血管内皮細胞の増殖を促進することが確認された。そこで、FGF2の効果を阻害する薬剤を血管内皮細胞に投与したところ、iMPsの効果が低下した。
これらは、iMPsがFGF2を放出することで、PRPと比べて血管内皮細胞の増殖を強く促進し、創部の血流をより向上させた可能性を示唆している。
さらに、次世代シーケンサーを用いたRNA-seq法により、FGF2以外にもANGPTL4という、血管形成に欠かせない遺伝子への刺激などが、iMPsが血管内皮細胞の増殖を促進するメカニズムであることを突き止めた。
糖尿病マウスの皮膚潰瘍を治癒
従来のPRPを上回る効果を確認
糖尿病は、難治性潰瘍の原因として頻度の高い疾患のひとつだ。研究グループは、糖尿病マウスの背部に皮膚潰瘍を作成し、iMPsもしくはPRPを創面に投与して経過を観察した。
その結果、投与の10日後には、どちらも対照群と比べて創部の面積が縮小したが、13日目以降では、iMPsを投与した群はPRPを投与した群よりも創部が縮小し、iMPsがPRPを上回る効果を示した。
皮膚組織を採取して染色標本を観察すると、創部でのコラーゲンの合成や血管の形成がiMPsによって促進されていることが分かった。iMPsはPRPよりも多くの血管形成を誘導していたが、この結果は血管内皮細胞の増殖促進効果の違いを反映していた。
最後に、将来的な臨床応用を見据えて、研究グループはiMPsを凍結乾燥することで長期保存や輸送への適応を試みた。
粉末状に加工したフリーズドライ化iMPsを3ヵ月間4℃で保管し、蒸留水に溶かして成長因子の濃度を測定した。
その結果、加工していない通常のiMPsよりもさらに高い濃度の成長因子が、フリーズドライ化iMPsから検出された。また、それらを糖尿病マウスの皮膚潰瘍に投与したところ、通常のiMPsと同等の創傷治癒促進効果が確認された。
この結果により、凍結乾燥はiMPsの長期保存や輸送を可能にし、製剤化に向けての有効な手法であることが示された。
iMPs投与群はPRP投与群に比べ創部をより縮小した
不死化した巨核球細胞は高い増殖能をもち大量生産にも適している
研究は、千葉大学大学院医学研究院の小坂健太朗特任講師、三川信之教授らの研究グループが、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の江藤浩之教授(千葉大学ヒト免疫疾患治療研究・開発センター特任教授、前千葉大学大学院医学研究院教授)らの研究グループと共同で行ったもの。研究成果は、「Stem Cell Research & Therapy」にオンライン掲載された。
「研究により、これまで患者自身の血液を必要としていた血小板投与による難治性潰瘍の治療が、iPS細胞から誘導した巨核球細胞と血小板で代替できる可能性が示された。不死化した巨核球細胞は、高い増殖能をもつため、大量生産にも適していると考えられる」と、研究者は述べている。
「今後は、患者のQOLと生命予後の向上に寄与する新規治療薬の開発につながることが期待される」としている。
京都大学iPS細胞研究所 (CiRA)
千葉大学大学院医学研究院 先端研究部門 イノベーション再生医学
A let-7 microRNA-RALB axis links the immune properties of iPSC-derived megakaryocytes with platelet producibility (Nature Communications 2024年3月22日)
創傷治療促進効果の比較