アルツハイマー病の発症を予測するAI技術を開発 最大88%の精度で予測 画像認識技術を応用

2022.05.09
 国立精神・神経医療研究センターと富士フイルムは、アルツハイマー病(AD)の進行を予測するAI(人工知能)の技術を用いて、2年以内に軽度認知障害(MCI)患者がADへ進行するかどうかを高い精度で予測することに成功した。

 異なる人種の2つの患者集団(北米人・日本人)のデータベースに、このAI技術をそれぞれ適用したところ、2年以内にMCI患者がADへ進行するかどうかを、84~88%の精度で予測することを確認。

 このAD進行予測AI技術は、同社の画像認識技術などを応用して開発したもので、MRI画像や認知能力スコアなど、複数の臨床情報をもとに予測する。

 ADなどの診断・治療・予防を行うものではないが、ADの新薬開発のための治験に役立てたり、さまざまな精神・神経疾患の脳画像や臨床データに応用することを目指している。

アルツハイマー病に進行する患者をAIで予測

 認知症の患者は、現在、世界中に約5,500万人いると推定されている。さらに、人口の高齢化にともない、2050年には約1億3,900万人に増加すると予測されている。認知症の一種であるアルツハイマー病(AD)の患者は、認知症のなかでもっとも多い。

 近年、ADの新薬開発では、主要な原因物質であるアミロイドβが発症前から蓄積しはじめる段階である、早期の軽度認知障害(MCI)をターゲットに、臨床試験が実施されてきた。

 しかし、2年以内にMCIからADに進行する患者の割合が2割未満と少なく、臨床試験期間中に進行しないMCI患者が多くいることで、ほとんどの試験は成功にいたっていない。対照群(偽薬など)に割り付けた同患者でも進行抑制と判断され、統計的有意差を証明できないことが一因となっている。

 このようななか、国立精神・神経医療研究センターと富士フイルムの研究グループは、MCIからADに進行する患者をAI(人工知能)で予測し、その患者のみを対象にした臨床試験とすることで、新薬の有効性を正しく評価でき、治験の成功につながると考えた。

画像認識技術と深層学習によりADへの進行を識別

 近年、深層学習の導入によって、画像認識の大幅な精度向上を実現した研究成果が数多く報告されているが、深層学習による効果を十分に引き出すためには、数多くの学習データが必要となる。

 現在、物体認識の研究でもっとも有名な画像データベース「ImageNet」では、1,000万点以上の画像があるが、ADの進行予測では、脳のMRI画像や認知能力テストスコアなどの複数情報が必要で、世界最大のAD研究プロジェクト「NA-ADNI」の公開データベースも、1,000人前後のMCI患者のデータしか含まれていない。

 このようななか、限られた学習データでいかに予測精度の高いAI技術を確立するかが最大の課題となった。この課題の解決に向けて、同社は、ADの進行と関連性が高い、脳内の特定区域を対象とした深層学習によるAD進行予測AI技術の構築に取り組んだ。

 同社が、写真・医療分野で培った画像認識技術を用いて、脳のMRI検査の三次元画像から、ADの進行と関連性が高いとされる、(1)海馬、(2)前側頭葉を中心とした区域をそれぞれ特定。

 深層学習を用いて、(1)海馬、(2)前側頭葉を中心とする両区域から、AD進行に関わる微細な萎縮パターンを抽出し、画像特徴量として算出。画像特徴量は、画像のどの部分を参考にして、進行予測のパターンをみつけだせば良いかを数値化したもの。

 AIにより、両区域で確認され読影診断で重要となる、海馬領域と扁桃体領域の萎縮パターンにより注目し、そのパターンからADへの進行を識別するようになる。

 学習データには、NA-ADNIのMCI患者データを利用。ADの進行と関連性が高いとされる、脳内の特定区域における画像特徴量に加え、認知能力テストスコアなど複数の臨床情報からADへの進行を高確率で予測することを可能にした。

AIがADへの進行を予測する上で注目した微細な萎縮パターン (MRI検査の三次元画像)

出典:国立精神・神経医療研究センター、2022年

日本人のデータベースでAIの精度が高いことを確認

 脳全体を学習したAIは、ADの進行と関連性が高い海馬や扁桃体の領域のみならず、関連性が低い髄液や後頭葉も注目してしまうが、海馬を中心とした区域や前側頭葉を中心とした区域を学習したAIは、より海馬や偏桃体の領域にある微細な萎縮パターンに注目するようになり、そのパターンからADに進行するかどうかを、脳全体を学習したAIより高精度で識別できるようになる。

 研究グループは、このAD進行予測AI技術を用いて、2年以内にMCIからADへ患者が進行するかを予測。NA-ADNIのみならず、AIにとって完全に未知でありかつ日本人から構成されるJ-ADNIのデータベースに、AD進行予測AI技術を適用し、この技術の予測精度の客観的評価をあわせて実施した。

 MCI患者群からADに進行する/しない患者の予測における正解率は、NA-ADNIで88%、J-ADNIで84%だった。また、AI判別精度の真陽性率と偽陽性率をあらわす指標であるAUCは、NA-ADNIでは0.95、J-ADNIでは0.91となった。

 さらに、ROC曲線から導き出したAUC(ROC曲線下の面積)は、NA-ADNIで0.95、J-ADNIで0.91だった。AUCの最大値は1であることから、NA-ADNI、J-ADNIともに高い精度でAD進行を予測したことが示された。

NA-ADNIとJ-ADNIでの評価結果のROC曲線

出典:国立精神・神経医療研究センター、2022年

治験成功率の向上を検討 個別化医療も推進

 「このAD進行予測AI技術は、異なる人種でもMCIからADに進行する患者を高精度に予測することを可能とし、汎用性の高い技術として実証されました。今後は、臨床試験データにてAD進行予測AI技術の予測結果をもとに層別した患者の解析を行い、この技術の有用性をさらに検証していきます」と、研究グループでは述べている。

 具体的には、AD進行予測AI技術により患者の認知症進行の速さを予測し、(1)進行しない患者を臨床試験の対象外とすること、(2)対照群と治療群での進行速度分布のばらつきを低減することにより、治験成功率の向上の可能性を検討するとしている。そして、AD治療薬の新たな臨床試験の患者選定にAD進行予測AI技術を適用することを目指す。

 また、AD進行予測AI技術のアルゴリズムを、さまざまな精神・神経疾患の脳画像や臨床データに応用することを検討していく。これにより、予後や治療反応性の予測にもつながり、個別化医療の推進の一翼をになえるとしている。

国立精神・神経医療研究センター
富士フイルム
A high generalizability machine learning framework for predicting the progression of Alzheimer’s disease using limited data (npj Digital Medicine 2022年4月12日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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