アルドース還元酵素阻害薬
2015.10.11
1. ポリオール代謝
ブドウ糖をはじめ単糖の第1位のCはCHOとアルデヒド基となっている。このCにH2が結合してとなり糖アルコールになったものはポリオールで、ブドウ糖のポリオールはソルビトールと呼ばれる(図1)。
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ガラクトースはdulcitolになってもさらに代謝されないのでレンズやその他の組織に蓄積する(図2)。Kinoshita博士がMGHのカンファレンスでその成績を発表するのを聴いていたレジデントのK. H. Gabbyは、糖尿病でも同様にポリオールがレンズのみらなず神経にも蓄積するのではなかろうかと考えた。そしてアロキサン糖尿病ラットの神経を分析し、ソルビトール、果糖が増量していることを見出した。続いてJ. Wardらもそれを確認した(1972)。
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2. アルドース還元酵素阻害薬(ARI)の開発
このようにポリオール経路が明らかにされると、次はこの経路の阻害薬を見出すことに目が向いた。1980年になると多くのARIが開発され、わが国でもその治験が行われた。Ayerst社のAlrestatin、Tolrestat、ICI社のStatil、ファイザー社のSorbinilなどであるが、いずれも皮疹などの副作用が強く、わが国では治験が中止された。糖尿病ラットに対する効果は確実であったので、重症の副作用のないARIを探すことが行われた。小野薬品工業ではEpalrestatを開発し筆者はそれが臨床で使用できるかについて第2相試験を依頼された。当時は糖尿病性神経障害の診断は、神経障害の症状があり、原因と思われる疾病が糖尿病以外にないこと、あるいは原因として糖尿病がもっとも妥当なことが診断の根拠となった。神経伝導速度の測定や、振動覚閾値の測定などについては標準化がなされておらず、各クリニックのやり方で行われていたという状況であった。
Epalrestatの第2相試験は1982年2月より83年5月まで行われた。参加施設は10施設で、知覚障害や自発痛などの末梢神経障害の症状が認められ、かつ血糖コントロールが安定している152例で67例に1日300mg、85例に600mgを2週間、4週間投与し、その有効性、副作用を比較した。その結果Epalrestat大量群に有効性が高く、自覚症状の改善が認められた。次に用量を少なくしメコラバミンを対照として比較試験が行われ150mg/日でも有効であることが認められた。
1984年の11月27日から12月2日までホノルルで米日アルドース還元酵素ワークショップがKinoshita博士の共同研究者のKador. PF博士の世話で開催され出席した。当時、小野薬品工業ではEpalrestatの治験中で槇田氏も出席していた。Epalrestatが薬となるのかと心配しながらホノルルの浜辺を眺めていたのを思い出す。
3. ARIの治験
Epalrestatの第3相試験は1987年10月より89年3月まで行われた。メコラバミンとの比較試験で150mg/日でも有効性が認められたので、毎食前50mgを1日3回服用するA群と実薬群は尿が黄色となるので、ブラセボを対照とすることができず、Epalrestat 3mgを含む錠剤を1日3回服用するものをP群とした。12週間服用し、自覚症状(自発痛、しびれ感、感覚麻痺、冷感)を投与前、2、4、8、12週後に100mmのアナログスケールを用い、主治医が任意の場所に印を記入する方法が用いられた。自覚症状の改善はA群47%、P群27%で、A群が有意に優れていた。神経伝導速度はA群では腓骨神経(MCV)、正中神経(MCV、SCV)とも投与前に比べ投与後は有意に伝導速度が増加した(P<0.05)。振動覚閾値にも両群間に有意の差が認められた。自律神経機能 CVR-R ではA群24%、P群13%の改善率(P<0.1)、また薬剤投与前2.5%以下の症例でみるとA群32%、P群11%(P<0.01)の改善率であった。全般改善度はA群46%、P群28%(P<0.05)でA群が優れていた。安全度はA群94%、B群96%で差はみられなかった。全般改善度および安全度を総合した有用度はA群49%、P群33%でA群が優れていた(P<0.01)。
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当時は明確なエンドポイントが示されなくともよい時代だったので、Epalrestatはキネダックとして市販された。なによりも皮疹をはじめ重篤な合併症が起こらなかったのがよかった。