糖尿病性腎臓病の進展に乳酸代謝が関与 ARBによる治療で乳酸蓄積を軽減 疲れている腎臓は症状が悪化しやすい?
糖尿病性腎臓病の新しい病態メカニズムを解明
糖尿病性腎臓病は、血圧・糖代謝・脂質代謝などへの包括的治療が行われるようになっているものの、糖尿病性腎臓病の患者での腎障害進行リスクは依然として高い状況にある。
その原因として、その病態メカニズムにはいまだに未解明の部分が多く、予後予測マーカーや治療法も限られている現状が挙げられる。
そこで横浜市立大学などの研究グループは今回、網羅的解析手法を用いることで、糖尿病性腎臓病の新しい病態メカニズムの解明を目指した。
糖尿病性腎臓病ではエネルギー代謝障害にともなう乳酸蓄積が著明 尿アルブミン排泄量と相関
その結果、糖尿病性腎臓病マウスの腎臓では、エネルギー代謝障害が起こっており、メタボローム解析ではTCA回路および乳酸代謝の障害が顕著に認められた。
これらの変化は、糖尿病性腎臓病の病勢マーカーである尿アルブミン排泄量と相関を示したが、とくに腎臓の乳酸量と強い相関が認められた。
シングルセルRNAシークエンス解析では、乳酸代謝異常の首座が近位尿細管にある可能性が示唆された。
また、臨床で糖尿病性腎臓病の治療にもっとも一般的に使用されるARBを投与したところ、腎エネルギー代謝にともなう乳酸蓄積は軽減し、尿アルブミン排泄量も減少した。
糖尿病性腎臓病患者でも、尿中乳酸排泄量が尿アルブミン排泄量ととくに強い相関が示され、尿中乳酸排泄量が多い患者ほど腎予後が不良であることが統計学的に証明された。
メタボロームやシングルセルRNAシーケンスによる網羅的解析を実施
研究グループは今回、糖尿病性腎臓病患者の病態を反映したモデルマウスに、メタボローム解析やシングルセルRNAシーケンス解析といった網羅的解析手法を用いることで、糖尿病性腎臓病の新規病態メカニズム解明を行った。また、得られた結果を、糖尿病性腎臓病患者の臨床検体を用いて臨床的にも検証した。
メタボローム解析は、臓器、血液、尿での代謝産物を網羅的に測定し解析する手法で、各臓器での代謝変化を全体的に把握することができる。
また、シングルセルRNAシーケンス解析は、遺伝子発現を網羅的に測定し解析する手法で、単一細胞での遺伝子発現変化を全体的に把握でき、細胞間の関連性も推定することができる。
疲れている腎臓は悪くなりやすい 病態生理の解明へ
研究は、横浜市立大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・高血圧内科学の小豆島健護助教らの研究グループが、Duke-NUS Medical School(米国デューク大学-シンガポール国立大学共同医学大学院)のThomas Coffman教授ら、Khoo Teck Puat HospitalのLim Su Chi准教授らと共同で行ったもの。研究成果は、国際腎臓学会(ISN)の学会誌「Kidney International」に掲載された。
「本研究の意義は、糖尿病性腎臓病の新しい病態メカニズムとして、腎臓の乳酸代謝を中心としたエネルギー代謝障害が深く関わっていることが判明した点にあります。乳酸は激しい運動をした後に筋肉に蓄積することから、疲労物質と呼ばれることもありますが、最近では臓器でエネルギー消費が起こる過程で産生・蓄積することから、臓器のエネルギー代謝の変化・障害を反映する物質と考えられています」と、研究者は述べている。
また、「本研究の一面として、"疲れている腎臓は悪くなりやすい"と捉えることも可能かもしれませんが、まだその詳細な病態生理は不明です。今後、乳酸に着目した腎エネルギー代謝障害に関する研究が進むことで、腎乳酸が糖尿病性腎臓病の予後予測マーカーだけでなく、新規治療戦略にもなり得ることが期待されます」としている。
横浜市立大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・高血圧内科学
Abnormal lactate metabolism is linked to albuminuria and kidney injury in diabetic nephropathy (Kidney International 2023年10月16日)
Inflammation and Immunity Pathways Regulate Genetic Susceptibility to Diabetic Nephropathy (Diabetes 2018年7月31日)