新たな指標「CPR(クレアチニン産生速度)」により筋肉の状態を簡単に評価できる 横浜市立大学と京都大学
横浜市立大学と京都大学は、クレアチニン(筋肉内のエネルギー代謝に関わるクレアチン/クレアチンリン酸の代謝産物)の産生速度が、集中治療を要する重症患者の筋肉の状態をモニターするための、総合的な指標になることを明らかにした。
この新たな指標「CPR」(クレアチニン産生速度)は、筋肉の量のみならず、筋肉の組成や、代謝状態を総合した指標になるとしている。
集中治療室(ICU)入室時のCPRが低い場合や、ICU滞在中にCPRが低下する場合は、1年生存率が悪化することを明らかにし、臨床的に有用な指標であることを示した。
CPRを用いて筋肉の状態をモニターすることで、個々の重症患者に最適な治療法を提供できるようになることが期待されるとしている。
新たな指標「CPR(クレアチニン産生速度)」を提唱
研究は、横浜市立大学大学院医学研究科麻酔科学の山本夏啓氏(同大学附属市民総合医療センター集中治療部助教)、東條健太郎准教授、データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻の水原敬洋教授、京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センターの杉浦悠毅特定准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Critical Care」に掲載された。
重症患者では、筋肉の「量」や「質」が患者の生存率や回復に大きな影響を与えることが分かっている。筋肉量や筋力が低下する「サルコペニア」と呼ばれる状態は、予後の悪化につながる。重症状態では急激な筋肉の減少が起こり、それがICUでみられる筋力低下などの問題を引き起こす。
さらに、筋肉の「質」も重要で、たとえば重症状態が筋肉内のミトコンドリアの働きを低下させ、生存率を悪化させることが知られている。
こうした背景から、ICUでは筋肉の「量」と「質」の両面を評価する指標が求められてきた。この指標を活用することで、筋肉の減少や機能低下を防ぐための栄養療法やリハビリテーションを効果的に最適化することが期待されている。
研究グループは今回、「クレアチニン産生速度(CPR)」が、筋肉の「量」と「質」を総合的に評価できる指標であることを明らかにした。
クレアチニンは筋肉に蓄えられたクレアチンやクレアチンリン酸から生成され、主に腎臓から尿中に排泄される。このため、クレアチニンは腎機能を評価する指標として、糖尿病診療をはじめ広く一般的に活用されている。
一方で、クレアチン/クレアチンリン酸の蓄積量は、筋肉量と相関するため、CPRは全身の筋肉量を反映する指標であると考えられていた。
さらに、クレアチン・クレアチンリン酸は、筋肉内のエネルギー代謝に関わる物質であり、CPRは筋肉の質的な組成や代謝の状態とも関連している可能性がある。
CPRで筋肉の「量」と「質」を統合的に評価できる 動物実験で確認
そこで研究グループは、CPRが筋肉の「量」と「質」を統合的に評価できると考え、動物実験を通じて、CPRが筋肉量だけでなく、筋肉の組成やエネルギー代謝の状態とも関連していることを確認した。
また、重症疾患を再現した動物モデルで、筋肉のエネルギー代謝機能の低下が起こり、筋肉量が減少しなくてもCPRが低下することを、細胞外フラックスアナライザーやメタボローム解析を用いて明らかにした。
細胞外フラックスアナライザーは、細胞の代謝活動をリアルタイムで測定する装置で、グルコースを使ってエネルギーを得る「解糖系」の活性などを調べることができる、細胞の健康状態や代謝機能を深く理解するための重要なツール。がんや神経疾患、糖尿病などの研究や薬剤の効果を調べる際に用いられる。
メタボローム解析は、体内で起こる化学反応の結果として作られる「代謝物」(メタボライト)を網羅的に調べる方法で、がんや糖尿病のような代謝異常をともなう病気の診断や治療法の開発で重要な技術とされ、健康診断の尿検査も一部この原理にもとづいている。
ICUに入室した患者がCPRが低いと1年後の生存率が悪化
さらに、ICUに入室した重症患者を対象にした解析では、患者の体格と血液および24時間分の尿(蓄尿)中のクレアチニン濃度を用いて、体内のクレアチニン量をモデリングすることで、CPRの計算を可能にした。
その結果、入室時のCPRが低い場合やICU滞在中にCPRが低下する場合、1年後の生存率が悪化することが確認された。このことから、CPRは臨床現場で役立つ指標となる可能性が示された。
「本研究により、CPRがICUで筋肉の状態を総合的に評価する簡便な指標として有用であることが明らかになりました。CPRは、身長や体重の測定に加え、一般的な血液検査や尿検査から得られるクレアチニン濃度を使って計算できます」と、研究者は述べている。
「この方法は、世界中の多くの医療施設で利用可能です。今後は、当施設以外のさまざまな医療施設でも、CPRが重症患者の生存率や退院後の身体機能とどのように関連しているのかを確認していく必要があります。また、入院時のCPR値やその変化をモニターすることが、最適な栄養療法やリハビリテーションの手法を選択するために役立つかを検討していきます」。
「将来的には、これらの研究を積み重ねることで、CPRにもとづいた個々の重症患者に最適な治療法を提供できるようになることが期待されます」としている。
横浜市立大学医学部 麻酔科学教室
京都大学大学院医学研究科附属 がん免疫総合研究センター
Creatinine production rate is an integrative indicator to monitor muscle status in critically ill patients (Critical Care 2025年1月14日)