腸内細菌叢由来ペプチド「corisin」が糖尿病関連腎臓病の進展に関与 腎の老化と線維化を促進 三重大学

DKDは新規透析導入における原因疾患の第一位であり、新たな治療方法の確立が求められている。高齢化に伴い腎不全患者数は世界中で増加し、患者の生命を脅かすだけでなく医療経済への影響も深刻となっており、腎不全への対応は急務である。近年、腸内細菌叢の乱れが腎臓病の進展に関連することが報告されているが、その詳細なメカニズムは不明であった。
研究グループはこれまでに、肺線維症モデルマウスから分離したブドウ球菌の培養上清を解析することで、細菌叢由来の細胞死を誘導するペプチド「corisin」を同定していた。同研究グループは、corisinは肺だけでなく腎の尿細管上皮細胞やポドサイトでも細胞死を誘導することを報告していたが、DKDの病態に直接関与するかは不明であった。そこで今回、三重大学医学部附属病院に入院した35名のDKD患者検体、腎特異的ヒトTGF-β1過剰発現と糖尿病を組み合わせたDKDモデルマウス、腎由来の尿細管上皮細胞およびポドサイトを用い、DKDにおけるcorisinの意義を以下の通り検証した。
1)DKD患者から採取した血液および尿検体を用いてcorisinを測定したところ、健常者と比較して血液と尿中のcorisinが上昇しており、血中corisin濃度は推定糸球体濾過量(eGFR)と負の相関を示した。また、DKD患者の尿検体を用いて corisinのDNA領域をPCR法で増幅し配列を確認したところ、corisinの配列や類似した配列が確認された。
2)研究グループが以前に報告した腎特異的ヒト transforming growth factor β1(hTGFβ1)過剰発現と糖尿病によるDKDモデルマウスにおいて、corisinの活性を抑えるモノクローナル抗体を投与したところ、対照群と比較して糸球体と尿細管間質の線維化が抑制され、血液中の炎症性サイトカインやケモカイン、線維化因子が低下することが確認され、病態が改善することが分かった。
3)生体内でcorisinがどのように全身へ運ばれ病態を誘導するかについて検証を行った。DKDマウスの糞便 corisin 配列を含むDNA領域の特異的プライマーを用いてRT-PCRを行ったところ、対照群と比較してcorisinの発現が高いことが示された。またDKD患者の血液中では腸管上皮障害マーカーであるFABP-2(Fatty acidbinding protein 2)が上昇していた。以上より、DKDにおいて腸内細菌叢がcorisinの発生源であり、腸管バリアの破綻によって全身に移行することが示唆された
4)DKDで傷害される尿細管上皮細胞およびポドサイト(たこ足細胞)がいずれもアルブミン受容体を発現することから、細胞株を用いて検証を行った。ヒトアルブミンを含む培養液を用いて、ポドサイトを蛍光色素で標識したcorisinで処理しミトコンドリアを染色したところ、corisinの蛍光色素がミトコンドリア染色部位に一致した。このことから、corisinがアルブミン受容体を介して細胞内に侵入することが分かった。
5)corisinが腎臓で細胞老化を誘導するかについて検証を行った。ヒトアルブミンを含む培養液を使用し、尿細管上皮細胞およびポドサイトをcorisinで処理したところ、細胞老化マーカーであるSA-βガラクトシダーゼの活性が増強しp21をはじめ複数の細胞老化因子のmRNA発現レベルが増加したが、corisinの活性を抑制するモノクローナル抗体の存在下ではこれらの変化が抑制された。
6)ヒトの腎臓にcorisinが存在するかを明らかにするために、慢性腎不全患者の腎組織および正常のヒト腎組織を用いてcorisinの免疫染色を行ったところ、慢性腎不全患者の腎組織では対照と比較してcorisinの発現増加が認められた。
上記の結果より研究グループは、「今回の研究成果は、腸内細菌叢由来のペプチドが DKD の病態を悪化させる新たな機序を明らかにし、DKDの病態解明とともに細菌叢由来ペプチドを標的とした新たな治療法の可能性を見出した」としており、「将来的に本研究成果が創薬につながり、患者の生活の質の向上と医療費削減に貢献することが期待される」と述べている。
本研究は三重大学大学院医学系研究科代謝内分泌内科学、同免疫学講座の研究グループによって実施され、研究成果が2025年8月25日付でNature Communicationsオンライン版に掲載された。また本研究成果は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「細菌叢由来ペプチドに着目した糖尿病における心腎連関メカニズムの解明 」(JPMJFR2216) 、日本学術振興会科学研究費助成事業(22K08280)、武田科学振興財団、日本糖尿病協会、日本イーライリリーイノベーション研究助成、大和証券財団の支援を受けて実施された。