1型糖尿病の新たな治療法を発見 レプチンとレプチン作用増強剤を投与 血糖値が正常化
PTP1B阻害剤を投与するとレプチンシグナルは亢進
名古屋大学は、1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病、IDDM)の治療で、インスリンを使用しない治療法を開発したと発表した。
脂肪細胞から分泌されるレプチンは、IDDMモデルマウスに中枢投与すると、糖代謝が正常化することはすでに報告されていたが、末梢から投与した場合の糖代謝改善作用は限定的だった。
レプチンは、白色脂肪組織で産生される16kDaのポリペプチド。血中レプチン濃度は脂肪量に比例して増減し、中枢に作用して食欲を抑制し、エネルギー消費を亢進することで、体重を減少させる作用があることが知られている。
レプチンシグナルは、PTP1B(protein-tyrosine phosphatase 1B)という酵素によって負の調節を受けており、PTP1B阻害剤を投与するとレプチンシグナルは亢進する。
PTP1Bは、はヒト胎盤から抽出された最初のPTPで、全身に広く発現している分子量50kDaの酵素であり、チロシンの脱リン酸化を介して、レプチン受容体シグナルを阻害する。
レプチンが末梢臓器での糖取り込みを促進
研究グループが、IDDMモデルマウスにレプチンとレプチン作用を増強するPTP1B阻害剤を末梢から併用投与したところ、糖代謝が正常化した。
糖代謝改善の機序として、レプチンが視床下部弓状核のPOMCニューロンに作用し、自律神経系を介して末梢臓器での糖取り込みを促進することを確認した。
1型糖尿病の治療で、レプチンとPTP1B阻害剤の併用投与により、インスリンを使用しなくても糖代謝が改善することがはじめて示されたとしている。
レプチン投与ではインスリンとは異なり低血糖のリスクが低く、脂肪合成も抑制される。さらに、レプチン投与はインスリンと同様に、IDDMの重篤な合併症であるケトアシドーシスを改善する。
1型糖尿病に対する新規治療法として期待
1型糖尿病は、インスリン治療を除けば治療法の選択肢に乏しく、インスリン使用にともなう低血糖など、解決すべき課題が指摘されている。
今回の研究について、臨床応用するにあたりさまざまな検証が必要となるものの、1型糖尿病に対する新規治療法として将来的に使用される可能性がある。
研究は、名古屋大学総合保健体育科学センター保健科学部の坂野僚一准教授らの研究グループが、名古屋大学大学院医学系研究科糖尿病・内分泌内科の有馬寛教授らとの共同で行ったもの。研究成果は、「Diabetes」に掲載された。
なおこの研究は、IDDMに罹患した患者および患者家族によって設立されたNPO法人日本IDDMネットワークから研究助成を得て、将来の臨床応用に向けたさらなる研究が行われるとしている。この研究助成は、「循環型研究資金」の新たな助成制度であり、国内の採択としては3例目となる。
レプチンとPTP1B阻害剤の併用投与により、インスリンを使用することなく糖代謝は改善
今回の研究の主な成果は次の通り――
(1) IDDM化したPTP1B欠損マウスにレプチンを末梢投与すると糖代謝は改善する
PTP1B欠損マウス(KO)および野生型マウス(WT)にstreptozotocin(STZ)を投与してIDDMモデルを作成し、レプチンを末梢から投与したところ、WTでは若干の糖代謝の改善を認めたものの、健常マウスと比較すると依然として有意な高血糖状態が続いていたが、KOではレプチン投与により健常マウスと同等レベルまで糖代謝が改善した。
(2) IDDM化したPTP1B欠損マウスにレプチンを中枢投与すると糖代謝は改善する
IDDM化したKOおよびWTに、末梢から投与しても全く糖代謝に影響を与えない極めて少量のレプチンを中枢から投与したところ、WTと比較してKOで有意な糖代謝改善を認めた。
(3) IDDM化した野生型マウスにレプチンおよびPTP1B阻害剤を末梢から併用投与すると糖代謝は改善する
IDDM化したWTに、それぞれレプチン単独投与、PTP1B阻害剤単独投与、もしくはレプチンおよびPTP1B阻害剤を併用投与して糖代謝を各群間で比較検討したところ、レプチンもしくはPTP1B阻害剤単独投与群では、無治療群と比較すると若干の糖代謝の改善を認めたが、健常マウスと比較すると有意な耐糖能障害を示した。
一方、レプチンおよびPTP1B阻害剤の併用投与群は、健常マウスと同等レベルまで糖代謝の改善を認めた。
(4) レプチンはPTP1Bの欠損によって作用が増強し、交感神経系でのβ-アドレナリン受容体シグナルを介して末梢臓器での糖の取り込みを促進する
IDDM化したKOとWTにレプチンを末梢投与し、細胞内への糖取り込み能力を評価するために、筋肉および褐色脂肪での2-deoxyglucose(2DG)を測定したところ、KOでWTと比較して有意に上昇するが、βブロッカーを投与すると、両群とも2DGの取り込みは有意に低下し、両群間で2DGの取り込みに有意差を認めなかった。
また、褐色脂肪組織に入る交感神経を切断した場合でも、βブロッカーを投与した時と同じ結果が得られた。
(5) IDDMモデルでPOMCニューロンのPTP1Bが糖代謝を調節する
レプチンが作用する脳内の標的ニューロンを調べる目的で、視床下部弓状核に存在するpro-opiomelanocortin(POMC)ニューロンもしくはagouti-related peptide(AgRP)ニューロン特異的にPTP1Bを欠損させたマウスを作成し(それぞれP-KOおよびA-KO)、STZを投与してIDDMモデルを作成し、同様にIDDM化したWTともに、レプチンを末梢から投与して糖代謝の変化を比較検討した。
A-KOはWTと比較して糖代謝の改善作用に有意差が認められなかったが、P-KOはWTと比較して有意な糖代謝改善が認められた。
研究グループは以上により、IDDMモデルで、レプチンは中枢に作用し自律神経を介して末梢臓器での糖の取り込みを促進し、レプチンの作用はPTP1B阻害剤の併用投与により促進されると結論している。
IDDMモデルの治療で、レプチンとPTP1B阻害剤の併用投与により、インスリンを使用することなく、糖代謝は改善することを確認した。
名古屋大学総合保健体育科学センター
名古屋大学大学院医学系研究科糖尿病・内分泌内科
Protein Tyrosine Phosphatase 1B Deficiency Improves Glucose Homeostasis in Insulin-Dependent Diabetes Mellitus Treated with Leptin (Diabetes 2022年6月24日)