投与されたインスリンの半分は機能していない可能性 多くは患者の体内で長時間作用の6量体として存在

2023.03.23
 インスリンを投与したとき、予想されていた体内での速効性効果を働くのは用量のおよそ半分に過ぎず、投与されたインスリンの多くは吸収されていない可能性があるという研究を、デンマークのコペンハーゲン大学が発表した。

 投与されたインスリンは、これまで考えられていたよりもはるかに多くの6量体として存在することが明らかになり、期待していた速効性効果をともなうインスリンは用量の半分に過ぎない可能性が示唆された。

 「これまで長いあいだ、インスリンの挙動を誤って計算していた可能性がある。世界中の数百万人の患者がインスリンに依存しており、より優れたインスリン製剤を開発するためのツールを提供できるようにする必要がある」と、研究者は述べている。

投与されたインスリンは予想以上に多くが6分子クラスターとして存在

 体内でのインスリンの吸収は、インスリン分子がクラスターを形成する方法によって制御される。インスリンの個々の分子(モノマー、単量体)は、多くの場合、2つ(ダイマー)または6つ(ヘキサマー)の分子のクラスターで構成されている。  体内に入ったインスリンは、ヘキサマーとして生成され保存されるが、生物学的に活性化するために単量体インスリンが必要になる。そのため、インスリンがインスリン受容体に結合する前に、クラスターを単量体に分解する必要がある。

 単一の分子が体内で迅速な作用をもたらすのに対し、6量体として知られるヘキサマーのクラスターは長時間作用する。これまで数十年のあいだ、インスリンは、1つ、2つ、または6つの分子の分子クラスターの特定の分布で集合すると想定されており、現在、治療に使用されているインスリン製剤は、この仮定にもとづいて設計されている。

 インスリン製剤には、体内で作用する速度と持続時間に違いがあり、この違いを効果的に利用することが、より良好な血統管理を実現するために重要となる。インスリンの投与量が少な過ぎたり多過ぎたりすると、危険な高血糖や低血糖のリスクが高まる。

  しかし、コペンハーゲン大学化学部のNikos Hatzakis教授は、「私たちは過去数十年にわたり、インスリンの挙動を誤って計算していた可能性がある」と指摘している。研究グループは今回、オーフス大学と協力し、高度な全反射照明蛍光顕微鏡(TIRF)を使用して検証した。

 その結果、インスリンには、これまで考えられていたよりもはるかに多くの6分子クラスターが存在することが示された。

 「これは、特定の用量のインスリン製剤を投与したとき患者の体内で、期待していた速効性効果をともなうのは用量の半分に過ぎない可能性を示唆するものだ。言い換えれば、現在、糖尿病患者に投与しているインスリンの多くは、実際には期待どおりに吸収されていない可能性があるということだ」としている。

 これが患者にとって危険であることはないにしても、「より正確なインスリン療法を開発する必要性があること」を示唆するものだとしている。Hatzakis教授らによる研究成果は、「Communications Biology」に掲載された。

インスリンのオリゴマー化をTIRF顕微鏡を使用して観察

出典:Commun Biol. 2023 Feb 15;6(1):178. doi: 10.1038

すべての種類のインスリン製剤を最適化するための基本的情報に

 「インスリン製剤は進歩しており、年を追うごとに性能が向上し、非常に多くの糖尿病患者が適切な血糖管理を受けている。しかし、インスリン製剤の開発は、分子がどのように組み立てられるかについての特定の仮定にもとづいたもので、そのプロセスは詳細なレベルでは評価されていない」と、Hatzakis教授は言う。

 「これは、現在のインスリン療法に欠陥があるとか、一般的なインスリン投与量に間違いがあることを示すものではないが、インスリンがどのように作用するかを解明し、速効型インスリンの投与に対するより適切な理解を促進する必要性を示している」。

 研究グループは今回、全反射照明蛍光顕微鏡(TIRF)による化学的探索、機械学習やシミュレーション計算との組み合わせにより検証した。まず、約5万のクラスターを調べ、各インスリン分子が他の分子と合わさりクラスターを形成するプロセスを直接観察し、各クラスターが形成される速度を確認した。

 一定量のインスリンに含まれるさまざまなクラスターの正確な分布は、短時間作用型あるいは長時間作用型のそれぞれのインスリン製剤の効果を適切に調整し開発するための基本的な情報となる。

 「インスリンのクラスター化を解明することは、製剤がどのように機能するかを知るために非常に重要となる。速効型インスリン製剤と遅効型インスリン製剤の違いは、分子がクラスターに集まる速さと分解する速さに依存するからだ」と、同大学化学部のNikos Hatzakis氏は言う。

 「高度な顕微鏡を使用することで、シンプルかつ迅速に正確な濃度についての洞察を得ることができ、同時により正確な情報も得られるようになった」としている。

 今回の研究では、分子クラスターの異なる分布に加えて、クラスター形成がかつて推定されていたよりもはるかに複雑なプロセスを示すことが分かった。クラスターは、これまで想定されていたよりもはるかに異なる間隔で拡大および縮小しているという。

 この新しい知識により、あらゆる種類の新しいインスリン製剤を最適化し、毎日インスリンを注射している世界の4,000万人以上の患者への治療をより適切化できる可能性がある。患者の血糖変動を減らす、異なる効果プロファイルをもつインスリン製剤を開発できる可能性もあるとしている。

 「とくに小児の1型糖尿病患者さんのいる両親から、危険な低血糖や高血糖を減らしながら、血糖管理をより改善する治療を求められることが多くある。将来の合併症を抑制し、健康な人と変わらない寿命をまっとうできるようするため、インスリン療法をさらに進歩させる必要がある」と、Hatzakis教授は述べている。

We have miscalculated for decades – half of an insulin dose may not work as expected (コペンハーゲン大学 2023年2月23日)
Enhanced hexamerization of insulin via assembly pathway rerouting revealed by single particle studies (Communications Biology 2023年2月15日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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