BMIとゲノム解析により2型糖尿病の遺伝的リスクの予測精度が向上 日本人はやせているのに糖尿病になりやすい 東大など
日本人の糖尿病の遺伝因子を解明 やせているのに糖尿病になりやすい日本人
大阪大学・東京大学・東北大学・理化学研究所などの共同研究グループは、ゲノム解析により、2型糖尿病になりやすい遺伝的体質に関わるメカニズムなどを明らかにした。
2型糖尿病の発症には、加齢・肥満などの「環境因子」に加えて、各個人の「遺伝因子」も重要であることが知られており、近年、数百の遺伝的変異が2型糖尿病のかかりやすさに影響することが、ゲノムワイド関連解析(GWAS)によって分かってきた。
ゲノム全体の遺伝子変異から算出した2型糖尿病のポリジェニック リスク スコア(PRS)は、発症予測や予防に役立つ手段として臨床応用が期待されている。しかし、2型糖尿病が不均一な疾患であることや、ゲノム情報が多く集積している欧米人集団との遺伝的な違いによって、日本での将来的なゲノム医療の質が低くなることが危惧されている。
PRSは、ヒトゲノム配列上にある数百万ヵ所の遺伝子変異のうち、疾患との関連が示唆された数十〜数十万の遺伝子変異について、効果量の重み付きの和を個人ごとに計算したスコアで、遺伝子変異を積算することで算出され、2型糖尿病にかかりやすい遺伝的体質を反映する。
そのためPRSは個々人の遺伝的体質に合わせて、糖尿病の発症や合併症を防止する個別化医療の有効な手段として期待されている。
しかし、日本で2型糖尿病のPRS予測を臨床応用するためには、予測精度を低下させる2つの重大な問題を解決する必要がある。
1つは、2型糖尿病がBMI分布や遺伝性の異なるいくつかのサブタイプが集まった不均一な病気であり、遺伝率の低いサブタイプが予測を低下させる懸念があること。もう1つは、ゲノム情報が多く蓄積されている欧米人集団と、比較的ゲノム情報が少ない日本人集団との間で、遺伝的な違いがあること。これは、欧米人集団に比べて、将来的に日本のゲノム医療の質が劣ることになる「国際間の健康格差」として指摘されている。
臨床的に同じ診断をされる2型糖尿病を、その原因や特徴の違いによって分類したものがサブタイプ。近年では、2型糖尿病は複数サブタイプが不均一に混ざり合った病態と考えられており、サブタイプをゲノムや臨床情報から推定して適切な治療法を選択する重要性が高まっている。
BMI 25以下の集団では2型糖尿病の遺伝的予測精度が高いことを確認
研究グループはこれらの問題に対して、遺伝的に予測したい対象集団をBMIが高い群/低い群といったように層別化することで、予測精度がどのように変化するのか調べた。さらに、このBMI層別化に加えて、集団間の遺伝的な違いを調整する機械学習手法を組み合わせることで、日本人集団での予測の向上を目指した。
まず、対象集団をBMIが高い群/低い群といったように層別化することで、2型糖尿病患者のサブタイプを疑似的に分け、PRS予測がどのように変わるのかを調べた。バイオバンク・ジャパン(BBJ)および英国のUKバイオバンク(UKBB)に参加した2型糖尿病患者5万5,284人と、非糖尿病群14万484人で構成されるゲノムデータセットでBMI層別化による影響を評価した。
その結果、糖尿病の発症しやすさを反映するPRSの予測精度は、BMI低値群で高精度であることが分かった。また、予測対象集団のBMI層別化は予測精度を高める一方で、学習データではサンプル数の多さが予測精度を高めるという性質も明らかにした。
PRSは遺伝率との関わりが深いため、BMIが高い群/低い群それぞれで遺伝率を算出したところ、BMIが低い群で遺伝率が高く、これがPRS予測にも影響していることが分かった。
どのような生物学的メカニズムでBMI低値群での糖尿病の遺伝的予測精度が高いのかを調べたところ、膵臓からのインスリン分泌不全に関わる遺伝子群が影響していることが示された。
さらに、BMIが低い糖尿病患者では、神経障害と網膜症の合併率が高く、適切な治療薬選択による合併症予防の重要性が示唆された。これらの結果は重症インスリン欠乏型糖尿病(SIDD)という糖尿病サブタイプの特徴と類似しており、BMI低値群に遺伝性の高いSIDD患者が集中したことが遺伝的リスク予測を向上した一因と考えられるとしている。
日本人集団での2型糖尿病の予測精度を向上 日本を代表する大規模ゲノムコホートが協力
次に、BMI高値群/低値群といった層別化に加えて、集団間の遺伝的な違いを調整できる機械学習手法(PRS-CSx)を組み合わせることで、日本人集団での予測精度の向上を目指した。
その結果、「BMI層別化による予測精度向上」と「PRS-CSxによる予測精度向上」の双方が相乗的に予測精度を高めることが分かり、同一集団内のBMI非層別化予測と比較して、BBJでは37.4%の予測精度向上を達成した。
この結果は、BBJとUKBBの学習データ統合による人数増加が予測を向上したことを示しており、今後のゲノム医療の発展にはゲノムコホートの参加人数の拡大が重要であると考えられるとしている。
最後に、東北メディカル・メガバンク計画とBBJ 2次コホートの2型糖尿病患者1万7,236人と対照群4万1,860人を対象とした再現性検証でも、BMI 25以下の集団では遺伝的予測精度が高い傾向が確認された。
これらの結果は、PRS予測のように多くのゲノム情報が必要な解析で、BBJ2次コホートのように既存コホートを拡張することや、東北メディカル・メガバンク計画とBBJのような国内の複数コホートが車の両輪のように協調しながら研究を前進させることの重要性を示している。
研究は、大阪大学大学院医学系研究科の小嶋崇史氏(遺伝統計学、東北大学大学院医学系研究科AIフロンティア新医療創生分野、理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム、革新知能統合研究センター遺伝統計学チーム)、岡田随象教授(遺伝統計学、東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学、理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム)、東京大学大学院医学系研究科の山内敏正教授、門脇孝・東京大学名誉教授、東北大学東北メディカル・メガバンク機構の田宮元教授(理化学研究所革新知能統合研究センター遺伝統計学チーム)らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Genetics」にオンライン掲載された。
「ゲノム医療への期待は年々高まっており、とくにPRS予測にもとづく個別化予防は、医療費抑制といった観点でも注目され、医療現場への導入がさかんに議論されています。私たちの研究が、糖尿病の遺伝的リスク体質への理解を深め、PRSの臨床応用に貢献し、将来的に、糖尿病・合併症予防に関する個別化医療、個別化予防の質を高めることに貢献すると期待されます」と、研究者は述べている。
「また、今回の研究成果はバイオバンク・ジャパンや東北メディカル・メガバンク計画といった複数の大規模ゲノムコホートの協力により実現できました。こうした国内のゲノムコホートをさらに拡充すること、そしてコホート間の連携を強化することが、日本における今後のゲノム医療の質を高める重要な鍵となるでしょう。本研究にご協力いただいた全ての共同研究者や研究支援機構、そしてコホート参加者の皆様に深く感謝を申し上げます」としている。