脳を守り認知症の進行を抑える7種のアミノ酸を発見 脳の炎症性変化を防ぎ、神経細胞死による脳萎縮も抑制
タンパク質や必須アミノ酸の摂取が脳機能に作用
認知機能低下の原因は、脳内で20~30年かけて起きることが知られている。記憶力に加え、注意力や実行力など複数の高次脳機能や、物事を同時に行うマルチタスクの能力も認知機能に含まれる。認知機能低下の症状が出ていると、すでに神経細胞死が起きているので、早期から対応することが重要となる。
認知機能が低下するリスクのひとつに、不健康な食事スタイルがあげられる。60歳以上の高齢者を対象に、食品摂取の多様性と認知機能低下のリスクの関連について検討した研究では、食品摂取の多様性が低い(いろいろな食品を食べていない)グループに比べ、高い(いろいろな食品を食べている)グループでは、認知機能低下が起こりにくいことが示されている。
量子科学技術研究開発機構の研究グループは今回の研究で、三大栄養素の1つであるタンパク質の摂取に着目し、食事の栄養素レベルと認知機能の関係について検証した。タンパク質摂取と認知機能の関連に関する研究結果はこれまでも報告されており、日々のタンパク質の摂取は認知機能の維持の観点からも重要なことが示唆されている。
神経細胞同士が連絡するシナプスという部分で、神経伝達物質をキャッチボールのようにやりとりすることで、脳は機能を発揮している。神経伝達物質は必須アミノ酸を基質として体内でつくられる。
必須アミノ酸は、脳の神経伝達物質の「素」となっており、脳機能維持・改善に働く可能性があるが、体内では合成されないため、意識的に摂取することが必要となる。
しかし、タンパク質の摂取不足や必須アミノ酸の摂取が、脳機能にどのように作用するかは明らかになっていない。そこで研究では、神経伝達物質の素となる必須アミノ酸がいかに脳機能を維持することに役立つかを解明するために、認知症マウスを用いて検討を行った。
研究は、量子科学技術研究開発機構量子生命・医学部門量子医科学研究所脳機能イメージング研究部の樋口真人部長、高堂裕平主幹研究員らによるもの。研究成果は、米科学誌「Science Advances」にオンライン掲載された。
7種の必須アミノ酸が認知症を抑止することをはじめて明らかに
研究グループが過去に味の素と共同で行った高齢マウスでの検討では、9種類ある必須アミノ酸のなかで、脳への移行性が高く、脳の神経伝達物質の「素」になる重要なアミノ酸として、7種の必須アミノ酸〔ロイシン、フェニルアラニン、リジン、イソロイシン、ヒスチジン、バリン、トリプトファン〕を特定していた。
この7種のアミノ酸を組み合わせて投与すると、神経伝達物質の量は回復し、記憶・学習能力はタンパク質が多い食事と同等レベルを維持でき、加齢にともなう認知機能の低下が抑えられることが示された。
一方で、アミノ酸から構成されるタンパク質が少ないエサを高齢マウスに与えたところ、脳内の神経伝達物質の量が低下し、記憶・学習能力の低下がみられた。
この7種のアミノ酸からなる特定の組み合わせを、味の素は「Amino LP7」と名付けた。脳内への入りやすさを加味した、独自の必須アミノ酸配合となっている。
7種のアミノ酸により神経細胞死による脳の萎縮を抑制
研究グループは今回、認知症病態のモデルマウスで、「Amino LP7」が脳におよぼす効果を調べた。認知症マウスに「Amino LP7」を朝と夕の1日2回、約3ヵ月間与えて、脳の大きさを磁気共鳴画像(MRI)を用いて測定した。
その結果、このマウスの脳内では通常は、異常なタウタンパク質が蓄積し、脳内で炎症が起こり、神経細胞死による脳の萎縮が起こるが、「Amino LP7」の投与により、脳内ではタウタンパク質の蓄積に打ち勝って、脳の萎縮が抑制されることを確認した。
一方、高齢者では加齢による衰えから食欲が低下することで、タンパク質の摂取不足が起こりがちであることから、認知症マウスに低タンパク食を与えて脳の状態を調べたところ、脳の萎縮が加速されることも示された。
7種のアミノ酸が脳内の炎症を引き起こす細胞を抑制
顕微鏡による脳の解析や、脳内の遺伝子発現の網羅的解析により、「Amino LP7」が脳の炎症性変化を減少させ、シナプスの障害も防ぐことも確認。
認知症マウスではシナプスを構成するスパインの数が減少していたが、「Amino LP7」を摂取すると健常マウスと同等レベルのスパイン数を維持できることが分かった。
脳内の炎症を引き起こす細胞は神経細胞を攻撃してシナプスを減らし、最終的に死に至らしめることが知られており、「Amino LP7」はこれらの変化を抑制すると考えられるという。
さらに、「Amino LP7」が遺伝子レベルで大脳にどのように作用しているかを明らかにするため、網羅的遺伝子解析を行ったところ、「Amino LP7」を摂取すると、脳内炎症に関する遺伝子発現が抑制され、神経細胞の活性やスパインに関する遺伝子の発現が増加することが分かった。
さらに、必須アミノ酸と同じトランスポーターから脳内に入るキヌレニンという「炎症性アミノ酸」に着目。キヌレニンはトリプトファンからナイアシンを生合成する経路での主要な代謝中間体のひとつで、炎症に関連する物質であることが知られている。
認知症マウスでは脳内のキヌレニン濃度が上昇したが、「Amino LP7」を摂取すると、キヌレニンの脳への流入をブロックすることで、脳内の炎症性変化を減少させることが判明した。
認知症に対する有効性を検証する臨床研究を開始
研究は、栄養と脳機能・脳病態の密接な関係を実証し、特定のアミノ酸の組み合わせが認知症病態から脳を守り、認知症を予防し進行を遅らせる効果を発揮しうることを世界ではじめて明らかにしたもの。
「Amino LP7」は先行研究で、認知障害がない高齢者の認知機能を高めることが示されており、今回の研究の成果にもとづき、研究グループは味の素と共同で、「Amino LP7」の認知症に対する有効性を検証する臨床研究を開始した。
「Amino LP7が脳萎縮やシナプスを守るメカニズムには、脳の炎症が関与していることを明らかにしました。今後は臨床研究でヒト脳機能を維持するメカニズムに脳内炎症が関与していることを、臨床研究でのイメージング研究で明らかにしていき、認知症の発症予防法をみつけていきたいと考えています」と、研究グループでは述べている。
量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部
Neurodegenerative processes accelerated by protein malnutrition and decelerated by essential amino acids in a tauopathy mouse model(Science Advances 2021年10月23日)