糖尿病治療薬が血液がんを抑制する可能性 SGLT2阻害薬が超難治性の血液悪性腫瘍の増殖を抑える
成人T細胞白血病(ATL)では悪性度が上昇するとブドウ糖取り込みが亢進
がん細胞は、低栄養・低酸素という劣悪な環境に打ち勝つために、「ワールブルグ効果」という形質を獲得することが知られている。
これは、がん細胞では、ミトコンドリアに機能不全が生じるため、エネルギー産生効率が高い酸化的リン酸化反応を利用できなくなり、細胞増殖に必要なエネルギーを、エネルギー産生効率の悪い解糖系を用いたATP産生反応に頼るようになる現象。
解糖系は、生体内にある糖の代謝経路で、グルコース(ブドウ糖)やピルビン酸や乳酸などを分解し、細胞のエネルギー源となるATPを産生する多段階の化学反応。
解糖系に依存する結果、がん細胞ではブドウ糖の取り込みが盛んになる。この代謝特性を利用したFDG-PET検査は、がん診療の現場で汎用されている。この検査では、ブドウ糖に似た性質をもつFDGが、がん細胞に取り込まれ集積する性質を利用している。
研究チームはこれまで、FDG-PET検査を用いて、九州・沖縄地域に多発する超難治性の血液悪性腫瘍である成人T細胞白血病(ATL)患者の悪性度が上昇するにつれ、腫瘍のブドウ糖取り込みが亢進していることを明らかにしてきた。ATLは、T細胞にヒトT細胞白血病(HTLV-1)ウイルスが感染し、がん化することにより発症する血液がん。
SGLT2阻害薬がATL細胞の増殖を抑制 ブドウ糖の取り込みが低下
琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第2内科)の益崎裕章教授らの研究グループは、ATL細胞株やATL患者検体で、SGLT2が高発現していることを新たにみいだした。
さらに、ATL細胞の代謝や増殖でのSGLT2の役割の解明を試み、以下の3点を明らかにした――。
(1) ATL細胞株は高ブドウ糖濃度の培養条件で細胞増殖が顕著に促進している。
(2) ATL細胞株や患者由来ATL細胞に対して、種々のSGLT2阻害薬を作用させると、細胞内へのブドウ糖の取り込みが低下し、解糖系・ペントースリン酸回路の抑制にともなうATP産生量の低下、細胞内NADPHレベルの低下をまねき、結果的にG1期に細胞(増殖)周期をとどめ、細胞増殖を抑制する。
(3) SGLT2阻害薬による細胞増殖の抑制効果は細胞自殺(アポトーシス)には関連しない。
ペントースリン酸回路は、ブドウ糖の代謝経路のひとつで、脂肪酸合成のためのNADPHやリボースなどの五炭糖を生成する。また、NADPHは、生体の酸化還元反応を触媒する酵素の補酵素として、多くの酵素反応に関与している。さらに、細胞はG1期、S期、G2期、M期という過程を経て増殖するが、うちG1期は細胞のサイズが大きくなる段階。
SGLT2遺伝子に対するRNA干渉により、SGLT2遺伝子の発現を抑制した細胞では、SGLT2阻害薬を作用させてもブドウ糖の取り込み低下が観察されなかったことからも、ATL細胞の増殖でSGLT2はブドウ糖の取り込みに寄与していることが裏付けられた。
「いまだ決定的な治療法が確立していないATLのような超難治性の血液がんに対して、糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬を巧みに活用して、糖尿病とは直接の関係がないものの、進行の早い悪性細胞の増殖を遅らせるというユニークな治療法の樹立が期待できます」と、研究グループでは述べている。
琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座 (第2内科)
Impact of anti-diabetic sodium-glucose cotransporter 2 inhibitors on tumor growth of intractable hematological malignancy in humans (Biomedicine & Pharmacotherapy 2022年3月31日)