腸でのインスリン作用が腸内環境を改善 脂肪性肝炎をともなう糖尿病で肝臓がんを防ぐ 国立国際医療研究センターなど
NASHを合併した糖尿病患者の肝がん予防が重要課題に
適切なインスリン補充で腸でのインスリン作用を補いNASH肝がんを予防
最近、肝がんの患者で、糖尿病と関連の強い非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を合併する患者の割合が高くなっており、NASHを合併した糖尿病患者で、どのようにして肝がんを予防するかは重要な課題になっている。
こうしたNASHを合併した糖尿病患者では、肝機能障害や高度のインスリン抵抗性のために、やむをえずインスリン療法が選択されることも多いが、インスリンは患者の血糖を制御する強力な手段である一方で、細胞増殖作用や細胞死抑制作用もあるので、悪性細胞を増殖させ、肝がん発症を促進しかねないと危惧されている。
しかし、インスリン作用は血糖値の改善のみならず、体内のさまざまな組織の恒常性維持でも重要や役割を果たす。そのため、実際にそうした患者でインスリン療法などによる全身のインスリン作用の強化により、肝がん発症が促進されるのかどうかについて議論が続き、そのメカニズムも明らかにされていなかった。
そこで、国立国際医療研究センター(NCGM)などの研究グループは、糖尿病合併NASHモデルマウス(STAMマウス)を、実際にインスリンで治療して、インスリン治療はむしろ肝がん発症を抑制することを明らかにし、そのメカニズムについても解明した。
NASHを合併した糖尿病の患者では、適切にインスリンを補充することで、腸でのインスリン作用を補い、NASH肝がんの発症を予防できる可能性があり、腸のインスリンシグナルとその下流因子は、糖尿病合併NASH肝発がんの新たな治療標的となる可能性があることが示唆された。
研究は、国立国際医療研究センター(NCGM)糖尿病研究センターの植木浩二郎センター長、分子糖尿病医学研究部の添田光太郎研究員らの研究グループが、東京大学の藤城光弘教授、小池和彦名誉教授(医学部附属病院消化器内科)、山内敏正教授、門脇孝名誉教授(医学部附属病院糖尿病・代謝内科)、油谷浩幸教授(研究当時、先端科学技術研究センターゲノムサイエンス&メディシン分野)、慶應義塾大学の本田賢也教授(微生物学・免疫学教室)らの研究グループと共同で実施したもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載された。
糖尿病合併NASHでは腸内細菌叢の異常が肝発がんに関与している
研究グループはまず、出生直後にストレプトゾトシンを少量投与し、離乳時から高脂肪食を与えることで、糖尿病、NASH、肝細胞がんを同時に発症する疾患モデルマウスであるSTAM(STelic Animal Model)マウスを採用し、これにインスリンまたはフロリジンのどちらかを投与して、予後を比較した。
インスリンを投与すると、血液中のインスリンが増加するとともに、血糖値が低下するが、フロリジン(SGLT1/2阻害薬)はグルコースの尿中排泄を促進するため、血液中でインスリンを増加させずに血糖値を改善する。
このことから、両者の予後の違いは血糖値によらないインスリン作用をあらわすものとして解釈できる。
この実験ではインスリン投与による肝発がん増加が懸念されたが、意外にもインスリン投与で肝発がんは抑制され、フロリジン投与では抑制されなかった。
このことは、全身へのインスリン投与が肝発がんを防ぐ可能性を示唆している。
そこで研究グループは、まずは肝臓でがんのない部分を解析し、インスリンを投与すると、二次胆汁酸の貯留が低下することを確認。二次胆汁酸は、高脂肪食のもとで肝星細胞から細胞老化関連分泌形質(SASP)を増加させ、肝発がんを促すと考えられており、腸内細菌で代謝されて生成される。
そこで腸内細菌叢を解析したところ、STAMマウスで認められた腸内細菌叢の異常がインスリン投与により改善していた。
一方、STAMマウスでは、インスリン投与で腸管での抗菌ペプチドの発現が増加しており、これによる悪玉腸内細菌の抑制が腸内環境の改善に役立った可能性が示唆された。
研究グループは以上のことから、インスリンは腸に作用して腸内環境を改善することで肝発がんを抑制している可能性と、また糖尿病を合併したNASHの患者では、インスリンを使用している患者で同様の腸内細菌叢の違いが示唆されたことから、臨床的にもこの仮説が有効である可能性を示した。
さらにSTAMマウスでは、長期間抗菌薬を投与して腸管内にほとんど細菌がいない状態にしたり、短期間抗菌薬で処置した後に正常マウスから糞便菌叢移植を実施し、腸内細菌叢の異常を是正したりすると、肝発がんは抑制されることを確認。
このことから、STAMマウスでは腸内細菌叢の異常が肝発がんに関与している可能性が示された。
NASH合併糖尿病では腸でのインスリン作用を補うとNASH肝がんを予防できる可能性
以上から、STAMマウスの肝発がんがインスリン投与によって抑制されたのは、腸でのインスリン作用の不足が補われたことが一因である可能性が示された。
そこで研究グループは、腸上皮のみでインスリン受容体を欠損するマウス(ieIRKO:intestinal epithelial insulin receptor knock out)を作製し、このマウスに対しSTAMマウスにする処置を施し、インスリンを投与した。
このマウスでは、全身のうち腸上皮だけでインスリンが作用しなくなるが、これにより抗菌ペプチドの発現がインスリン投与によって増加しなくなり、肝発がんも抑制されなくなったことから、STAMマウスでは腸のインスリン作用の不足が肝がん出現の一因であることが明らかになった。
一方、STAMマウスの作製には、ストレプトゾトシンという変異原性物質が用いられており、実際に研究グループも肝臓に広範に体細胞変異が誘導されていることを確認した。つまり、STAMマウスでは、肝臓の多くの細胞に変異があるため、早期かつ極めて高率に肝がんを発症していると考えられる。
そこで研究グループは、ヒトのように長期間かけて発がんするモデルとして、上記のieIRKOマウスに長期間の高脂肪食給餌のみ行った。この条件でもieIRKOマウスでは、腸で抗菌ペプチドの発現が低下し、肝発がんが促進されたことから、やはり腸上皮のインスリン作用の不足は肝発がんを促進すると考えられた。
「以上の結果から、NASHを合併した糖尿病患者では、適切にインスリンを補充することで腸でのインスリン作用を補い、NASH肝がんの発症を予防できる可能性があり、腸のインスリンシグナルとその下流因子は糖尿病合併NASH肝発がんの新たな治療標的となる可能性があることが示唆された」と、研究グループでは述べている。
「STAMマウスは、インスリン抵抗性をインスリン分泌亢進で代償することができず、顕著な高血糖をきたしている糖尿病モデルマウスなので、欧米の高度肥満の2型糖尿病患者より、日本人や東洋人のように軽度の肥満で発症する2型糖尿病患者によく似ていると言える」と指摘している。
なお、「今回の研究は主にモデルマウスでの検証であり、ヒトの患者にこの知見が応用できるかについて、今後さらなる検証が必要となる」と付け加えている。
国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター
Gut insulin action protects from hepatocarcinogenesis in diabetic mice comorbid with nonalcoholic steatohepatitis (Nature Communications 2023年10月18日)