心血管疾患リスクを上腕脈波波形と心音の同時測定で判定 上腕血圧を測る要領で簡単に測定 産総研・東京医科大など
早期の心血管系疾患リスクが分かる
心音センサーと上腕脈波センサーのみで測定
産業技術総合研究所と東京医科大学などは、心血管疾患リスクを早期に発見する指標を明らかにしたと発表した。
心血管疾患の発症と関連のある心臓近位部の大動脈の硬化度を評価できる、上腕脈波波形と心音を同時測定する簡易測定技術を開発した。この技術は、脈波伝播速度(PWV、以下のbaPWV、hbPWV、CAVIも、PWVに分類される)法を用いて、近位大動脈(心臓近位部の大動脈)硬化度を簡易測定するもの。
上腕血圧を測る要領で簡単に測定できるため、検査にかかる負担を軽減できるとしている。
[右]新たに開発した測定技術は、心音センサーと上腕脈波センサーのみで測定でき、座位での測定も可能
今後は、baPWVの測定機器を販売している企業と共同研究を行い、hbPWVの算出アルゴリズムを搭載した測定機器の開発を進めるとともに、予防医学・臨床医学的側面からの研究開発を実施するとしている。
研究は、産業技術総合研究所 人間情報インタラクション研究部門の菅原順研究グループ長が、東京医科大学循環器内科学分野の冨山博史教授、山科章主任教授(研究当時)、米テキサス大学オースティン校の田中弘文教授と共同で行ったもの。研究成果は、「Hypertension Research」に掲載された。
「心臓-上腕脈波伝播速度」により早期・高精度にCVDリスクを検出
心血管疾患(CVD)は、日本でも主な死亡原因や要介護原因になっている。その原因となる動脈硬化の度合いを測定し評価することは、当該疾患の発症予防につながる。
国内外で普及している全身的な動脈硬化度指標である「上腕-足首脈波伝播速度」(baPWV)は、中年期以降に著しく増大する。baPWV測定の際には、仰向けの姿勢をとり、血圧測定用カフを上腕と足首に巻く必要がある。
これに対し、今回有用性を検討した「心臓-上腕脈波伝播速度」(hbPWV)は、30歳代という早い時期から加齢にともない増大する近位大動脈の硬化度を反映し、baPWVよりも早期に、かつ高精度にCVDリスクを検出できる可能性がある。
また、心音と上腕脈波波形の同時測定から算出するhbPWVは、上腕血圧を測る要領で座位姿勢のまま測定が可能で、検査を受ける人と医療従事者の負担が軽減されるとしている。
hbPWV測定のアルゴリズムは、スポットアーム式の血圧計、さらには家庭用血圧計にも搭載できる可能性がある。これが実現することで、動脈硬化度指標を測定する機会が増え、CVDリスクを早期に発見できる機会をより多くすることが期待できる。
動脈スティフネスの測定によりCVDリスクを早期から検出
CVDの発症リスクとして動脈硬化がある。動脈硬化の度合いの指標として、動脈壁の硬さを示す動脈スティフネスが注目されている。
動脈は伸展性に富み、心臓から駆出される血流を緩衝するクッションの役割を果たす。しかし加齢にともない伸展性は失われ、クッション作用が減弱してくると、慢性的に心臓に負担が加わり、CVDのリスクになる。動脈スティフネスは加齢とともに増大するため、その測定による早期からのリスク検出が重要と考えられる。
一方、動脈内を伝わる脈波の速さを用いた「PWV法」は、もっとも信頼性の高い動脈スティフネス評価法として世界的に認知されているが、熟練した測定技術を要することから、多くの国で臨床現場での普及はあまり進んでいない。
そうした状況下で、上腕と足首に血圧測定カフを巻いて脈波伝播速度を測定するbaPWVならびに心臓足首血管指数(CAVI)の測定装置を開発した日本は、世界に先駆けて20年ほど前から、動脈硬化の測定の一般臨床医療への導入を実現した。ただし、baPWVやCAVIでは心臓への負担軽減にもっとも寄与すると考えられる「心臓付近の動脈(近位大動脈)」のスティフネスを十分には評価できない。
この課題に対し、産総研はテキサス大学と共同で、PWV法による近位大動脈スティフネス評価法の開発を進めてきた。それまで上腕の動脈スティフネスの指標と考えられてきたhbPWVに注目し、まず実測が難しく、従来の身長のみを使用した推定式の妥当性が課題であった動脈長を性別や身長などから推定する式を開発し、次いで、この推定式を使用して得たhbPWVが近位大動脈スティフネスを反映し、CVDの発症と強く関連する大動脈の血圧と強い関係にあることを明らかにした。
今回はこれらの結果をもとに、10年以上にわたる企業健診の追跡データを用いて、hbPWVの加齢変化特性ならびに、CVDリスクとの関連性について、国内の臨床検査で広く使用されているbaPWVと比較・検討した。
心臓近位部の大動脈の硬化度を評価
心臓と脳とをつなぐ近位大動脈のスティフネスは重要
大動脈は伸展性に富み、左心室からの血流駆出に対し伸展と復元を繰り返す。これにより左心室が血液を送り出す際に生じる血圧の過大な上昇を緩和したり(左室後負荷の低減)、脳や腎臓などの末梢臓器に対する物理的ストレスになる血流・血圧の拍動性変動を減弱化する。
しかし、動脈スティフネスが増大すると、左室後負荷および血流・血圧の拍動性変動が増強される。これが慢性化し、心臓や末梢臓器に恒常的にダメージが加わることでCVDが誘引される。心臓や脳に対するダメージを考えると、心臓と脳とをつなぐ近位大動脈のスティフネスは重要と考えられる。
現在、近位大動脈の機能を非侵襲的に評価する方法はMRI以外にはないが、CVD発症を予防するためには、簡便かつ高精度に近位大動脈スティフネスを評価することが求められる。この課題に対し、産総研はテキサス大学と共同で、PWV法による近位大動脈スティフネス評価法の開発を進めてきた。
今回、10年以上にわたる企業健診の追跡データを用い、hbPWVと年齢ならびにCVDリスク(フラミンガム一般的CVDリスクスコアにより評価)との関連性を、横断研究(対象者7,868人)と追跡研究(対象者3,710人、平均追跡期間9.1±2.0年)により評価した。
年齢との関連性に関しては、横断研究、追跡研究とも、hbPWVがbaPWVよりも強い相関関係が示された。
1人ひとりの直線の傾きから加齢にともなうPWVの増加量を調べると、baPWVの増加量は高齢になるほど大きい、すなわち加齢にともないスティフネスの増大が急峻になるという、先行研究や今回の研究の横断研究と同様の傾向が示された。
これに対し、hbPWVの増加量は年齢群の間に有意差が示されなかった。このことは、hbPWVによって評価される動脈スティフネスは30歳代から一貫して増大し続けることを示している。
CVDリスクとの関連性についても、横断研究、追跡研究とも、hbPWVはbaPWVよりもフラミンガム一般的CVDリスクスコアと有意に強い相関関係を示しました。さらにROC曲線分析の結果、hbPWVがbaPWVよりもCVDリスクの有無を判別する能力が有意に高いことが示された。
「hbPWVが成人期早期から加齢とともに直線的に増加し始め、CVDリスクと強い関連性を示すという結果は、hbPWVがCVDリスク早期発見の有望な指標であることを示唆している。また、hbPWVはbaPWVと異なる部位の動脈のスティフネスを評価しているため、両指標を評価することで、加齢にともなう動脈スティフネスの増大が引き金となって起きる腎臓病や閉塞性動脈疾患などのさまざまな疾患リスクを多面的に評価できる可能性がある」と、研究者は述べている。
「このhbPWVを測定するためのアルゴリズムは、スポットアーム式の血圧計、さらには家庭用血圧計にも搭載できるポテンシャルを有する。これが実現することで動脈硬化度指標を測定する機会が増え、心血管系疾患リスクを早期に発見できる機会をより増やすことが期待できる」としている。
産業技術総合研究所人間情報インタラクション研究部門
東京医科大学循環器内科学分野
Cross-sectional and longitudinal evaluation of heart-to-brachium pulse wave velocity for cardiovascular disease risk (Hypertension Research 2024年8月1日)