糖尿病網膜症・黄斑浮腫を「フェノフィブラートナノ点眼薬」で治療 脂質異常症薬フェノフィブラートは点眼薬でも有効

2022.03.09
 日本大学は、2型糖尿病モデルマウスで早期から引き起こされる網膜血流調節障害を評価指標として、ナノ粒子化したフェノフィブラート点眼による糖尿病網膜症予防の可能性を検討し、「フェノフィブラートナノ点眼薬」が早期網膜血流障害を改善することを発見したと発表した。

 フェノフィブラートナノ点眼薬は網膜まで効率的に浸透し、糖尿病網膜症・黄斑浮腫の主要責任分子である血管内皮増殖因子(VEGF)や、網膜グリア障害の指標となるGFAPを抑制するなど、2型糖尿病マウスの網膜血流反応障害を改善させた。

 研究は、脂質異常症治療薬として用いられているフェノフィブラートを、全身への作用を最小限にして眼局所のみに作用を発揮させられるように、点眼薬として糖尿病網膜症治療に用いることを検討したもので、「世界初の糖尿病網膜症治療用点眼薬の開発につながる発見」としている。

糖尿病網膜症による視機能低下 まだ視力が良好な早期の段階で治療が必要

 糖尿病の主な合併症のひとつである糖尿病網膜症は、いまだに失明原因の上位となっている重要な疾患であり、治療法は網膜光凝固(レーザー)や手術などの侵襲的な外科治療のみだった。これらの治療は視力を脅かすほどに進行した網膜症に対して行われるが、一度低下した視機能を回復させるのは容易ではないので、視力が良好な早期網膜症あるいは網膜症を発症する前からの治療が重要となる。

 研究グループは、糖尿病網膜症の超早期の段階で有効な新しい薬理学的治療が必要と考え、研究を重ねてきた。脂質異常症治療薬として臨床ですでに広く用いられているフェノフィブラートは、PPAR-αのアゴニストとして働くが、これを内服することで、糖尿病の合併症に対しても有益な効果を示すという報告が数多くある。しかし内服する場合は、薬の重篤な副作用のリスクを考える必要がある。

 そこで研究グループは、このフェノフィブラートを、全身への作用を最小限にして眼局所のみに作用を発揮させられるように、点眼薬として糖尿病網膜症治療に用いることができるかを検討した。

 研究は、日本大学医学部附属板橋病院眼科の長岡泰司診療教授、横田陽匡准教授、花栗潤哉氏、山上聡主任教授、近畿大学薬学部の長井紀章准教授、明治薬科大学薬学部の櫛山暁史教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Pharmaceutics」に掲載された。

フェノフィブラートをナノ粒子点眼することで網膜到達に成功

出典:日本大学、2020年

 従来の点眼薬では、眼球の後部にある網膜まで薬剤を有効濃度で浸透させることは困難だったが、近畿大学薬学部のグループが開発した方法でナノ粒子レベルまで粉砕した点眼薬は、エンドサイトーシスによる角膜での透過性を亢進し、また眼内で強膜やぶどう膜を高濃度で通過することで、網膜にまで高濃度で到達することが可能となった。

 そこで、フェノフィブラートのナノ粒子点眼を世界ではじめて作成。マウスおよびウサギを用いた動物実験で、角膜を透過して前房内に入り、強膜ぶどう膜経路を介して実際に網膜まで有効濃度で到達することを確認した。

 研究グループは以前、2型糖尿病マウスで糖尿病網膜症発症前から網膜血流障害の程度が、糖尿病による網膜機能障害の定量的指標になることを確認しており、今回の研究でも網膜血流に着目し、フェノフィブラートのナノ粒子点眼の効果判定を行った。

 とくに、フリッカー刺激(点滅光)に対する網膜血流増加反応には、神経細胞やグリアが密接に関与しており、この現象は神経血管連関(neurovascular coupling)として広く認知され、糖尿病では神経血管連関が糖尿病発症早期から障害されていると考えられている。

 研究グループは、フリッカー刺激と高酸素吸入の2つの負荷に対する網膜血流反応を用いて、これまでとくに評価が困難だった、網膜グリア機能の評価に成功。さらに同評価法で、2型糖尿病モデルマウスが早期からこれらの負荷に対する網膜血流反応が障害されていることを明らかにした。

フェノフィブラートナノ点眼により網膜血流反応が改善

 今回の研究で、このフェノフィブラートナノ点眼が、網膜血流反応障害を改善させるかについて検討した。6週齢の2型糖尿病マウスを媒体のみで薬物効果のない基剤を点眼した無治療対照群とフェノフィブラートナノ点眼をした治療群とに分けて、毎日朝夕の2回点眼を行い、8週齢~14週齢まで隔週で網膜血流測定を行った。

 その結果、フェノフィブラートナノ点眼群では、安静時の網膜血流に影響を与えなかったにもかかわらず、フリッカー刺激および高酸素吸入に対する網膜血流反応をいずれも8週齢から改善させ、この反応は14週齢まで持続したことが分かった。

 さらに、同一個体の免疫組織学的検討では、無治療糖尿病群では網膜グリア障害の指標となるGFAPが亢進し、さらに糖尿病網膜症・黄斑浮腫の責任因子であるVEGFの発現も増強していたが、フェノフィブラートナノ点眼糖尿病マウスでは両者はいずれも抑制されており、フェノフィブラートナノ点眼により網膜グリア機能が保護され、VEGFは抑制されることが明らかになった。

出典:日本大学、2020年

将来的には糖尿病網膜症・黄斑浮腫治療薬としての効果を検討

 さらに、網膜組織内の水分調節に重要な水チャネルであるAQP4の発現が、無治療糖尿病マウスでは低下していたが、フェノフィブラートナノ点眼により、このAQP4発現低下も改善された。

 これらの結果から、フェノフィブラートナノ点眼が網膜まで効率的に浸透し、その長期投与によりPPAR-αのリン酸化を介して、網膜グリア機能障害を改善し、2型糖尿病マウスの網膜血流反応障害を改善させた可能性が示された。

 さらに、VEGFの発現亢進やAQP4の発現低下も、フェノフィブラートナノ点眼により改善されたことは、糖尿病網膜症のみならず糖尿病黄斑浮腫の治療への応用も期待される。

 「糖尿病黄斑浮腫の治療としては、現在、抗VEGF剤の硝子体注射が第一選択ですが、患者さんの負担も大きい治療であり、このフェノフィブラートナノ点眼で低侵襲治療が可能となれば、糖尿病網膜症や黄斑浮腫の予防のみならず、既存の治療法との併用でさらなる効果的治療にも役立つと考えています。低侵襲的な新規糖尿病網膜症治療法として、フェノフィブラートナノ点眼の今後の可能性に期待が高まります」と、研究グループでは述べている。

 「今後は、まず前臨床試験として眼球構造や形態が人眼と類似するブタを用いて、この治療の再現性と安全性の検討を行い、将来的には臨床研究で糖尿病網膜症・黄斑浮腫治療薬としての効果の検討を行い、全国で1,000万人以上いるとされる糖尿病患者の視機能を守りたいと考えています」としている。

日本大学医学部附属板橋病院眼科
Fenofibrate Nano-Eyedrops Ameliorate Retinal Blood Flow Dysregulation and Neurovascular Coupling in Type 2 Diabetic Mice (Pharmaceutics 2022年2月9日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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