日本は地域間の健康格差が拡大 糖尿病の増加が大きな課題に 地域別疾病負荷の30年間の変遷を調査 グローバル疾病負荷研究(GBD)の成果
順天堂大学などは、「日本における30年間(1990〜2021年)の地域別疾患負荷の変動」に関する研究成果を発表した。
過去30年間、日本人の平均寿命が延びた主な要因は、脳卒中、虚血性心疾患、そしてがん(とくに胃がんの予防や治療の成功による)からの死亡率の減少にあるが、近年は疾病負荷の減少ペースが鈍化しており、健康格差の拡大、アルツハイマー病およびその他の認知症、さらには糖尿病の増加が大きな課題となっていることなどが示された。

日本は地域間の健康格差が拡大
とくにアルツハイマー病や糖尿病の負荷が増大
順天堂大学などは、「日本における30年間(1990〜2021年)の地域別疾患負荷の変動」に関する研究成果を発表した。
日本人の平均寿命は伸びる一方で、地域間での健康格差は広がり、NCDs(非伝染性疾患)関連の死亡率の減少ペースが鈍化していることなどが明らかになった。
とくにアルツハイマー病や糖尿病の負荷が増大し、高血糖値と高BMIが重要なリスク因子であることが示された。
また日本の新型コロナ関連疾病負荷は、他の先進国に比べ低いものの、若年層と女性の精神健康に負の影響を与えた可能性がある。
研究は、順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学の矢野裕一朗教授がSenior Collaboratorを務めるグローバル疾病負荷研究(GBD)を管轄するワシントン大学 Institute for Health Metrics and Evaluation(IHME)、GBD 2021 Japan Collaboratorsによるもの。研究成果は、「Lancet Global Health」にオンライン掲載された。
GBDは、地域や時間を問わず健康損失の実態を定量化する、これまでで最大かつもっとも包括的な試み。ワシントン大学のMohsen Naghavi氏と慶應義塾大学の野村周平准教授が責任著者となり、国内外の多くの研究者が参加し、日本からも順天堂大学をはじめとする複数の大学・医療機関が参画している。
「研究成果は、日本の公衆衛生の現状を反映し、健康寿命を延ばすための戦略立案において、今後注力すべき重要な課題を示唆しています。これにより、さらに効果的な公衆衛生介入が可能となり、国民全体の健康向上に貢献することが期待されます」と、研究者は述べている。
脳卒中・虚血性心疾患・がんの死亡減少が平均寿命の延長に寄与
日本人の死因トップはアルツハイマー病などの認知症
糖尿病の増加が大きな課題 高血糖値と高BMIは重要リスク因子
2024年の健康日本21(第3次)の開始にともない、政府と地方自治体は、超高齢社会の課題に対応しながら、NCDs(非伝染性疾患)および健康格差への対策を強化する新たな行動に取り組んでいる。しかし、全国規模で各疾病の負荷を包括的に評価するデータの不足や、健康指標を包含し比較分析を可能にする指標の欠如などの課題が、健康促進策や介入の優先順位付けの障害になっている。
そこで研究グループは今回、この問題に対処するために、グローバル疾病負荷調査(GBD)の一環として、日本に焦点を当てた研究を行った。
研究グループは、IHMEのGBD 2021にもとづく調査データを用い、新型コロナを含む371の疾病と88のリスク因子を含む、1,474の日本のデータソースを活用し、以下の点を明らかにした。
- 2021年の日本での出生時の平均寿命は85.2年で、1990年の79.4年から5.8年増加した。女性は88.1年、男性は82.2年で、それぞれ1990年から5.8年と5.9年増加した。
- 一方、都道府県間の寿命格差は1990年の2.3年から2021年には2.9年に広がり、とくに男性ではこの傾向が顕著だった。
- 脳卒中、虚血性心疾患、悪性新生物(とくに胃がん、肝がん、肺がん)、下気道感染症による死亡の減少が、平均寿命の延長に70%以上寄与した。しかし、各リスク因子が寄与する年齢調節死亡率の年次変化は、その減少率が近年鈍化し、とくに1990年から2021年の年次変化は、脳卒中が-4.0%から-2.0%へ、虚血性心疾患が-3.9%から-1.7%に低下した。
- 2021年、日本でもっとも多かった死因トップ5は、アルツハイマー病およびその他の認知症[10万人あたり135.3]、脳卒中[同 114.9]、虚血性心疾患[同 96.5]、肺がん[同 72.1]、下気道感染症[同 62.3]だった。アルツハイマー病とその他の認知症は、1990年の6位から、2021年には1位に上昇した。
- GBD 2021で評価された全88のリスク因子のなかで、メタボリックリスク因子が全死亡の24.9%を、行動リスクファクター因子が21.6%を、環境および職業リスク因子が9.1%を占めた。
- 高血圧や喫煙、不適切な食生活(高食塩摂取、果物摂取不足など)などのメタボリックリスクや行動リスクに起因する死亡率や障害調整生命年(DALYs)率は、1990年から2021年のあいだに減少したが、この傾向は近年鈍化している。一方、高BMIや高血糖による死亡率とDALYs率は悪化している。
- 平均寿命と健康寿命の差(大きいほど健康でない期あいだが長い)に関しては、都道府県間の格差は1990年の9.9年から2021年には11.3年に拡大した。女性では11.1年から12.7年へ、男性では8.7年から9.9年への増加となり、男女差は認められなかった。
- DALYsは、1990年の10万人あたり21,449.6から2021年には16,186.7へと24.5%減少したが、都道府県間で格差がある。また、DALYsの減少率は1990年から2021年までのあいだで鈍化し、1990年から2005年までは-1.0%、2005年から2015年まではふたたび-1.0%、そして2015年から2021年には-0.5%に低下した。
- 脳卒中と虚血性心疾患に起因するDALYs減少率は同様に鈍化した一方で、アルツハイマー病やその他の認知症、腰痛、肺がんに起因するDALYs減少率は悪化している。
- とくに、糖尿病の悪化が顕著であり、1990年から2005年までの年次変化は0.4%、2005年から2015年は0.1%、2015年から2021年には2.2%にまで上昇した。
- 2021年、日本の新型コロナに起因するDALYsは10万人あたり190.2(全DALYsの0.6%)と、高所得国の6~7%と比べて低かった。また、2021年末、日本は世界でもっとも低い新型コロナ死亡率を記録し、100万人あたり148人と、世界平均の683人と比較して非常に少なかった。
一方、精神健康には負の影響を及ぼした可能性がある。GBD 2021のデータによると、とくに若年層と女性のあいだで精神障害が大幅に増加し、2019年から2021年にかけて女性のDALYs率は15.6%、男性は9.0%増加が認められた。
[1990年、2005年、2015年、2021年]
ランキングは各死因による死亡者数にもとづく

健康寿命を延ばす戦略立案での重要な課題を浮き彫りに
グローバル疾病負荷研究(GBD)では、新型コロナを含む幅広い疾病とリスク因子、寿命、死亡率、障害調整生命年(DALYs)などを調査しており、研究グループは今回、長期にわたる日本人の疾患パターンの変化を明らかにした。成果をもとにした医療体制の向上と健康格差の解消を目指している。
「過去30年間、日本人の平均寿命が延びた主な要因は、脳卒中、虚血性心疾患、そしてがん(とくに胃がんの予防や治療の成功による)からの死亡率の減少にある。しかし、近年は疾病負荷の減少ペースが鈍化しており、健康格差の拡大、アルツハイマー病およびその他の認知症、さらには糖尿病の増加が大きな課題となっている」と、研究グループは述べている。
今後の展開として、「今後10年間でこれらの問題に対処することは、日本の健康寿命をさらに向上させるために不可欠だ。今後は、テクノロジーなども駆使しながら個々人にパーソナライズされた効率的かつ持続可能なライフスタイルの改善をはかるとともに、社会環境への介入やコミュニティを基盤としたソーシャルヘルスの充実が、認知症などの疾病負荷に対する効果的な対策となることが期待される」としている。
ワシントン大学 Institute for Health Metrics and Evaluation (IHME)
順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学
Three decades of population health changes in Japan, 1990–2021: a subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2021 (Lancet Global Health 2025年3月20日)