トランス脂肪酸の毒性があるのは「人工型」のみ EPA・DHAが強力に軽減 動脈硬化症の治療戦略を開発
EPAやDHAなどの不飽和脂肪酸がトランス脂肪酸の毒性を強力に軽減
トランス脂肪酸には、主に工業的な食品製造過程で産生され、特定の加工食品中に多く含まれる「人工型」と、主に牛などの畜産動物内で産生され、乳製品や牛肉などに多く含まれる「天然型」の2つに分類される。
東北大学は、食品に含まれる代表的な5種類のトランス脂肪酸の毒性を比較した結果、人工型が制御・プログラムされた細胞死(アポトーシス)を強く促進する一方、天然型にはそのような作用がないことを明らかにした。
さらに、この毒性作用は、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)などの高度不飽和脂肪酸によって効果的に軽減・抑制できることも判明。研究成果は、トランス脂肪酸に関連する疾患の画期的な予防・治療戦略の開発につながることが期待されるとしている。
これまで、「人工型」のトランス脂肪酸の摂取については、循環器系疾患や神経変性疾患などとの疫学的関連が示唆されていたが、その科学的根拠は乏しかった。
研究は、東北大学大学院薬学研究科の平田祐介助教、柏原直樹氏、佐藤恵美子准教授、松沢厚教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載された。
EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸に毒性軽減作用がある
人工型のトランス脂肪酸のみがアポトーシスを促進
トランス脂肪酸は、「トランス型の炭素−炭素間二重結合」をひとつ以上含む脂肪酸の総称。うち主に油脂加工にともなう食品製造過程で副産物として産生され、マーガリンやショートニングなどの加工食品に多く含まれる、エライジン酸などのトランス脂肪酸を人工型トランス脂肪酸と呼ぶ。
これまで疫学調査を中心とした知見から、人工型トランス脂肪酸が、循環器系疾患、神経変性疾患などの諸疾患の危険因子となることが示唆され、欧米諸国では食品中含有量の制限などの規制も導入されている。
一方、ウシなどの反芻動物の胃の中の微生物によって主に産生され、乳製品や牛肉などに多く含まれるトランスバクセン酸などの天然型トランス脂肪酸については、上記疾患との疫学的関連性は低いものの、実際の毒性の有無については未解明だった。また、トランス脂肪酸の毒性を効果的に軽減・抑制するための薬剤やアプローチ明らかにされていなかった。
マクロファージやミクログリアなどの細胞では、組織損傷などの要因で細胞外に漏出したATP(細胞外ATP)にさらされると、ATPが細胞膜上のP2X7受容体にリガンドとして結合し、その下流でストレス応答性MAPキナーゼ経路であるASK1-p38経路が活性化され、最終的にアポトーシスが起きることが知られている。これらの細胞のアポトーシスは、動脈硬化症や神経変性疾患の発症・増悪につながる。
また、松沢教授らによる先行研究の成果より、エライジン酸などのトランス脂肪酸は、細胞外ATP刺激によるASK1活性化を増強し、アポトーシスを強力に促進することが明らかになっている。
研究グループは今回、これまでに明らかにしてきたトランス脂肪酸の毒性発現機構をもとに、食品中に含まれる5種類の主要なトランス脂肪酸(人工型:エライジン酸、リノエライジン酸、天然型:トランスバクセン酸、ルーメン酸、パルミトエライジン酸)について、毒性の有無や程度を評価した。
マウスのマクロファージ様細胞株RAW264.7やミクログリア細胞株BV2に、各種脂肪酸を前処置して予め細胞内に取り込ませたうえで、細胞外ATPを処置した際の細胞生存率を評価。
その結果、人工型2種類のいずれも、処置時間依存的に細胞生存率が顕著に低下した。一方、天然型3種類のいずれも、細胞生存率に有意な影響は認められなかった。
このとき、人工型の存在下では、ASK1-p38経路の活性化が増強していた一方で、天然型では同様の増強は認められなかった。
これらの結果から、トランス脂肪酸の中でも人工型のみが、細胞外ATP刺激によるASK1-p38経路の活性化を増強し、アポトーシスを促進することが明らかになった。
同研究グループはさらに、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸の存在下では、エライジン酸によるアポトーシス促進作用が大きく抑制されることを発見した。
詳細な解析から、これらの高度不飽和脂肪酸は、ASK1をターゲットとしており、エライジン酸によるASK1活性化の増強を強力に抑制することを明らかにした。
数µM程度の低濃度のDHAでも、強力な毒性軽減作用が認められたことから、これらの高度不飽和脂肪酸の摂取によって、エライジン酸などの人工型トランス脂肪酸による毒性を軽減できることが示唆された。
トランス脂肪酸摂取にともなう疾患リスクの予防・軽減策を提案
「トランス脂肪酸は、日本人の摂取量が欧米諸国と比較して少ないことや、循環器系疾患を除いた他の疾患とは明確な因果関係が不明であることから、日本では、食品中含有量や摂取量の規制は行われてこなかった。そのため、人工型と天然型のトランス脂肪酸の食品中含有量を区別せず、ひとまとめにして測定・把握してきた実情がある」と、研究グループでは述べている。
「今回の研究成果より、人工型のみが毒性を有し、天然型が毒性をもたないことが示唆されたことから、人工型トランス脂肪酸の食品中含有量や摂取量について引き続き注視していく必要がある。一方、乳製品や牛肉に含まれる天然型のトランス脂肪酸については、過度に注意する必要はないものと考えられるとしている」としている。
「今後は、各種脂肪酸の実際の摂取量や体内の存在量にもとづく有害影響の有無、各種脂肪酸の実際の関連病態への影響、主要な5種類以外のトランス脂肪酸種の毒性の有無などについて、調査を継続する必要がある」。
また、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸が、トランス脂肪酸の毒性を強力に軽減できたことから、ふだんからこれらの高度不飽和脂肪酸を摂取することで、トランス脂肪酸摂取にともなう関連疾患の発症リスクを軽減できることが想定される。
「細胞外ATP以外のストレス条件下でも、人工型トランス脂肪酸がアポトーシスを促進するという毒性作用を見出しており、今後の研究により、これらの他の毒性作用についても、高度不飽和脂肪酸が軽減可能か否か明らかになることで、トランス脂肪酸摂取にともなう疾患リスクの予防・軽減策の提案につながることが期待される」と、研究グループでは述べている。
東北大学大学院薬学研究科・薬学部
A comprehensive toxicological analysis of trans-fatty acids (TFAs) reveals a pro-apoptotic action specific to industrial TFAs counteracted by polyunsaturated FAs (Scientific Reports 2023年4月11日)