高齢2型糖尿病患者のサルコペニアの早期発見に有用な歩行指標を明らかに　足関節の運動範囲の減少がサルコペニアの特徴　産総研など

高齢の糖尿病患者の身体機能の低下に関連する歩行特徴を3次元動作解析で分析

　研究は、産業技術総合研究所セルフケア実装研究センター(兼務：健康医工学研究部門)の土田和可子主任研究員、香川大学医学部附属病院の小林俊博助教・病棟医長、村尾孝児教授、眞鍋朋誉理学療法士らが共同で行ったもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載された。

　サルコペニアは、骨格筋量が減少し、筋力や身体機能が低下した状態。近年、糖尿病とサルコペニアには密接な関係があることが報告されている。糖尿病におけるインスリン抵抗性や慢性炎症状態、高血糖にともなう筋線維障害などは、筋肉量や筋力の減少を促進しする。そのため、糖尿病患者は健常者に比べてサルコペニアを発症するリスクが高く、また糖尿病にともなうサルコペニアは進行が早い傾向がみられる。

　さらに、サルコペニアにより身体活動が低下すると、糖代謝が悪化して糖尿病自体が重症化する負のスパイラルにおちいるリスクがある。そのため、糖尿病にともなうサルコペニアは早期発見と介入により、進行をくいとめたり症状を改善することが重要になっている。

　そこで研究グループは今回、3次元動作解析装置を用いて、高齢2型糖尿病患者の歩行中の関節運動を、歩行速度や歩幅だけでなく、関節の動きの具体的なパターンを数値化して詳細に評価した。

足関節の運動範囲の減少がサルコペニア患者の特徴

　その結果、サルコペニアのある患者で、▼歩行速度の低下、▼歩幅の短縮、▼足関節(足首の関節)の運動範囲の著しい減少が示されることを定量的に明らかにした。

　とくに注目すべきこととして、歩行速度の違いが関節運動に及ぼす影響を排除した場合でも、矢状面での足関節の運動範囲の減少が、サルコペニア群で有意に認められた点を挙げている。矢状面は、身体を左右に分ける平面であり、この面にそって行われる動きには、膝を曲げる、伸ばすといった屈曲や伸展が含まれる。

　これは、単なる歩く速さの違いでは説明できない、サルコペニアのある患者の運動機能の低下を示しており、関節の運動範囲そのものが、糖尿病患者の身体機能低下をあらわす新たなデジタルバイオマーカーとして有用である可能性がある。

　「研究成果は、臨床現場でサルコペニアの早期発見を簡便に行うための評価手法の開発に役立つことが期待される」と、研究者は述べている。

歩行中の足関節の運動範囲の評価がサルコペニアの早期発見につながる可能性

　サルコペニアの診断には、筋力測定、骨格筋量測定、身体機能の評価が必要とされる。体組成を測定するためには高価な専用診断装置が必要であり、さらに握力や歩行速度など複数の評価を実施するためには、専門的な知識と技術を要する。

　より簡便かつ実用的な評価法が求められており、最近では、歩行のような基本的な身体活動に着目し、そこにあらわれる関節の動き方や運動パターンを指標とする手法が注目されている。

　とくに、歩行中の特定の関節運動を定量的に把握することで、サルコペニアに特有の運動機能の変化をとらえられる可能性がある。サルコペニアの患者の歩行動作や関節ごとの詳細な運動を対象とした定量的評価は、これまで十分には行われていなかった。

　一方、産総研では光学式モーションキャプチャー装置などを用いて、人の複雑な動きを計測して数値化し、3次元的に動作を解析する技術開発を進めてきた。また、健康状態の改善や健康寿命の延伸のために、日常的な動作である歩行動作に着目した解析を行ってきた。

　モーションキャプチャーは、対象物に貼付した反射マーカーを複数の赤外線カメラで追跡し、人間などの動きをデジタルデータとして記録する技術。

医療現場や自宅で容易にサルコペニアを早期発見

　研究グループは今回、これらの計測、解析技術を、既存の診断基準にもとづいてサルコペニアの有無を判定した高齢2型糖尿病患者に適用して、歩行動作を詳細に評価した。

　産総研四国センターが保有する身体動作の計測設備・評価技術群の総称である「身体動作解析産業プラットフォーム」を活用し、65歳以上の2型糖尿病患者の歩行を計測・評価した。

　実験では、香川大学医学部附属病院に外来通院している高齢2型糖尿病患者38人を対象に、光学式モーションキャプチャー装置を用いて、歩行中の身体の位置座標を計測した。

　参加者に、はだしで約15mの直線路を約5往復、快適な速度で歩行してもらい、得られた身体の位置座標から、歩行周期中の骨盤、下肢三関節(股関節、膝関節、足関節)の運動範囲の平均値を算出した。

　分析した結果、サルコペニアのある糖尿病患者はサルコペニアを有さない患者に比べ、歩行速度や歩幅の低下に加え、歩行中の足関節の運動範囲(矢状面)が狭いことが明らかになった。

　とくに注目すべきこととして、歩行速度の影響を統計的に調整(共分散分析)したうえでも、サルコペニアのある患者では足関節の運動範囲が明らかに小さいことが確認された点を挙げている。

　「研究成果は、高齢2型糖尿病患者で、サルコペニアの有無による歩行特徴の違いを明らかにしたもの。今後は、今回得られた歩行特徴データを基盤に、スマートフォンなどの簡易なデバイスで取得される映像やセンサデータから、関節の動きや歩行パターンを推定・評価できるシステムの開発を進めていく」と、研究者は述べている。

　今後は、産総研の施設のような専門的な設備を用いずとも、医療現場や自宅などで容易にサルコペニアなどの早期発見ができるようにするよう開発を進めていくとしている。

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 セルフケア実装研究センター
香川大学医学部附属病院
Spatiotemporal and kinematic gait characteristics in older patients with type 2 diabetes mellitus with and without sarcopenia (Scientific Reports 2025年5月27日)