超高周波を含む自然環境音が糖尿病リスクを減らす 音として感じられない超高周波が血糖値上昇を抑制
自然環境音に含まれる超高周波が脳を活性化
免疫能を高めストレスホルモンを低下
人間の耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が、耐糖能を改善し、糖尿病を予防する可能性が、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)などにより示された。
薬物療法や外科療法、再生医療などに代表される現代医学では、病気に対して物質面からアプローチする「物質医療」が主流となっている。今回の研究は、音や光といった感覚情報が脳神経系を介して治療効果や予防効果をもたらす「情報医療」を切り拓くものであり、物質医療ではアプローチすることが難しい領域の治療を補完することが期待されるとしている。
うつ病や不安障害といった心の病気だけでなく、糖尿病や高血圧などの生活習慣病に対して、ストレスマネージメントが重要であることが広く知られているが、ストレスの原因や対処法は人によって大きく異なるため、心理的・主観的なアプローチが主体であり、客観的なアプローチが難しいという課題がある。
NCNPなど研究グループは、この問題に対して、脳の情報処理の側面から病態解明と治療法開発を目指す新しい健康・医療戦略として「情報医学・情報医療」を提案している。
その一環として、「ハイパーソニック・エフェクト」に着目。これは、人間が音として感じることのできる周波数の上限20kHzを超えた高周波成分を豊富に含み複雑に変化する非定常な音が、それを聴く人の中脳・間脳と、そこを拠点として前頭葉に拡がる報酬系神経回路を活性化するというもの。
ハイパーソニック・エフェクトにより、音を美しく快く感じさせるとともに、そうした音をより強く求める接近行動を引き起こし、同時に免疫系の活性化やストレスホルモンの低下といった全身の生理反応が導かれると考えられている。
この発見が、現在のハイレゾリューション・オーディオ(ハイレゾ)の開発の引き金を引くことになった。
自然環境音に含まれる人の耳に聴こえない超高周波が耐糖能にも影響
その研究開発のなかで、人類の遺伝子や脳が進化のなかでつくられた熱帯雨林の自然環境音や、さまざまな文化圏の音楽には、ヒトの可聴域上限20kHzを超え100kHzに及ぶ超高周波が豊富に含まれるのに対して、都市の環境音やCD・デジタル放送の音声信号にはそうした自然由来の超高周波がほとんど含まれないことを明らかにしている。
研究グループは今回の研究で、自然環境音に含まれる人の耳に聴こえない超高周波が、内受容感覚や自律神経系と密接な関係のある耐糖能に及ぼす影響を、糖尿病の標準的な検査法である経口ブドウ糖負荷試験を用いて検討した。
研究は、NCNP神経研究所疾病研究第七部の本田学部長らと、国際科学振興財団(FAIS)情報環境研究所の大橋力所長、河合徳枝特任上級研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載された。
経口ブドウ糖負荷試験を実施
「FreeStyleリブレPro」で血糖値をモニタリング
研究グループは、糖尿病の治療を受けていない健康な研究参加者25人を対象に、「超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)」、「同じ自然環境音から20kHz以上の超高周波を除外した音(HCS)」、「暗騒音のみ(NS)」の3つの異なる音条件のもとで、経口ブドウ糖負荷試験を実施した。
今回の研究では、経口ブドウ糖負荷試験で実施する採血のストレスが血糖値に及ぼす影響を最低限に抑えるため、血糖値の計測には、糖尿病患者の日常生活での血糖値を持続的にモニタリングする目的で使用されているアボットの「FreeStyleリブレPro」を使用した。
「FreeStyleリブレPro」は、皮下に挿入したセンサーから得られた間質液中のグルコース濃度を連続的に測定し記録するもので、痛みや不快感がなく、グルコース値を15分ごとに最長で14日間連続して自動的に計測することが可能。昼夜を通して高血糖および低血糖が分り、患者のグルコースパターンを客観的に把握することができる。
今回の研究では、標準的な経口ブドウ糖負荷試験の手順に従って、参加者に75gのブドウ糖を含む溶液を飲んでもらった後で、15分ごとに血糖値を計測し、音条件の違いによってブドウ糖負荷後の血糖値上昇がどのように変化するかを調べた。
超高周波を含む音が血糖値上昇を抑制
内受容感覚や自律神経系は耐糖能にも影響
その結果、超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)を聴いているときには、まったく同じ音から超高周波だけを取り除いた自然環境音(HCS)を聴いているときや、暗騒音のみのとき(NS、通常の検査環境)と比較して、ブドウ糖を摂取した後の血糖値の上昇が顕著に抑えられることが明らかになった(反復測定分散分析による音条件主効果 P=0.000012、FRSとHCSの比較 P=0.000012、FRSとNSの比較 P=0.0018、P値は結果が偶然発生する危険率を表し、通常はP<0.05で統計的有意とみなす)。
同じ音から超高周波だけを取り除いた自然環境音を聴くと効果はなかった
今回の研究対象は、糖尿病の治療を受けていない健常者だが、そのなかには糖尿病の潜在的なリスクをもった人も含まれる可能性がある。そこで、耐糖能異常のリスクと、超高周波による血糖値上昇の抑制効果との関係を明らかにするために、研究参加者を半分ずつ高年齢群(59歳以上)と低年齢群(58歳以下)に分けて別々に解析した。
血糖値上昇の全体像を捉えるために、ブドウ糖負荷後の血糖値曲線の下の面積(iAUC)を指標として用いて、音条件間で比較した結果、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、高年齢群でのみ観察され(音条件主効果 P=0.013)、低年齢群では観察されなかった(音条件主効果 P=0.74)。
続いて、実験時に簡易計測したHbA1cの値により、高値群(HbA1c 5.5〜6.5%)と低値群(HbA1c 4.5〜5.4%)との半分に分け、別々に解析したところ、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、HbA1c高値群でのみ観察され(音条件主効果 P=0.0081)、HbA1c低値群では観察されなかった(音条件主効果 P=0.23)。
これらの研究成果は、ヒトの耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が、耐糖能異常の潜在的なリスクが高い人の血糖値上昇を抑制することを示している。
「ハイパーソニック・エフェクト」は糖尿病予防につながることが期待される
ストレスマネージメントの重要性は、多くの疾患で指摘されているが、ストレスの内容や対処法は個人によって大きく異なっているため、そのアプローチは主観的・心理的なものにならざるをえない。
一方、今回の研究では、人間が音として知覚することのできない超高周波を豊富に含む音により、ブドウ糖負荷後の血糖値の上昇が抑制されることが明らかになった。
このことは、従来の個別性の高い心理的なアプローチとは異なる原理をもち、人間にとって普遍性・客観性のある反応を導くことができる音情報を用いた新しいストレスマネージメントの可能性を拓くものと考えられるとしている。
「さらに、こうした新しい健康・医療戦略は、糖尿病以外にも、たとえばうつ病や高血圧などのように、ストレスと密接な関連をもつ疾患にも有効である可能性があります。今後、糖尿病以外の疾患についても検討を進めていく予定です。また、超高周波が血糖値の上昇を抑制する神経メカニズムを詳しく調べていく必要があります」と、研究グループでは述べている。
なお、今回の研究は、糖尿病の治療を受けていない健康な人を対象として実施したもので、また、超高周波を含む音が血糖値に及ぼす影響を検討する第一歩として、糖尿病の診断目的で標準的に用いられる経口ブドウ糖負荷試験が用いられた。
「したがって、超高周波を豊富に含む音が、実際に糖尿病の人の血糖値を長期的に抑制する治療法になりえるかどうかは、今後患者を対象とした臨床研究を実施して検討する必要があります。さらに、予防効果を検証するためには、多くの研究参加者を対象とした大規模で長期間にわたる検討が必要です」と付け加えている。
「こうした一連の研究開発が実現することにより、情報医学・情報医療が新たな健康・医療戦略として確立されていくことが期待されます。本研究は、ムーンショットプロジェクトの目標である感性に重要な内受容感覚の気づきを促すAwareness Music/Soundの開発に大きく貢献する研究成果といえます」としている。
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
国際科学振興財団
Positive effect of inaudible high-frequency components of sounds on glucose tolerance: a quasi-experimental crossover study (Scientific Reports 2022年11月2日)