肥満の解消後も「肥満の記憶」はそのまま残る 一度太ると神経炎症増悪のリスクは継続 加齢黄斑変性を増悪

2023.04.05
 京都大学医学部附属病院は、過去の肥満が自然免疫系に長期間記憶されており、晩年の神経炎症や加齢黄斑変性(AMD)に悪影響を与えることを見出し、そのメカニズムを突き止めた。

 腹腔内脂肪組織に含まれるマクロファージ(自然免疫細胞)に、AMDを増悪させる“記憶”が保持されており、肥満からやせた後でも、炎症性サイトカインや血管新生因子を分泌しやすい状態で保持されているという。

肥満が引き起こす慢性的な全身性炎症がAMD発症に関与 「肥満の記憶」もそのまま残る

 加齢黄斑変性(AMD)は、もっとも頻度の高い神経炎症性疾患のひとつであり、世界の失明原因の上位を占めている。糖尿病とも関連が深い。

 その発症メカニズムにはいまだ不明な点が多いが、自然免疫を中心とした慢性炎症の関与が重要であることが指摘されており、免疫関連遺伝子の変異による要因に加えて、喫煙や肥満などの炎症を惹起するような環境的要因の蓄積によって引き起こされると考えられている。

 なかでも肥満は、喫煙に次ぐ重要な環境因子であり、肥満が引き起こす慢性的な全身性炎症がAMD発症に関与していると考えられている。そこで京都大学医学部附属病院は、肥満を改善させることでAMD発症が抑えられるかを検討した。

 その結果、予想に反して、過去の肥満が自然免疫系に長期間記憶されており、晩年の神経炎症やAMDに悪影響を与えることを見出し、そのメカニズムを突き止めた。

 脂質により、炎症や血管新生に関わる遺伝子のクロマチン構造が再構成され、過去の肥満として、そのまま自然免疫系に記憶されることにより、晩年の神経炎症や加齢黄斑変性に悪影響を与えることが明らかになった。

 腹腔内脂肪組織に含まれる腹腔内マクロファージ(自然免疫細胞)に、加齢黄斑変性を増悪させる“記憶”が保持されており、肥満からやせた後でも、炎症性サイトカインや血管新生因子を分泌しやすい状態で保持されていることが明らかになった。

 研究は、網膜疾患や神経炎症性疾患における免疫記憶の役割という新たなリンクを明らかにするとともに、免疫記憶への介入が新たな治療戦略となりうるものとしている。

 研究は、京都大学医学部附属病院眼科の畑匡侑特定講師(研究当時、モントリオール大学ポスドク)、モントリオール大学Przemyslaw Sapieha教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science」に掲載された。

過去の肥満は自然免疫系に記憶され、神経炎症やAMDに悪影響をもたらす

“記憶の記憶”が免疫細胞内に刻まれるメカニズム

出典:京都大学、2023年

 これまで、肥満が引き起こす慢性的な全身性炎症がAMD発症に関与していることは知られていたが、一度太った状態を改善させることで、慢性炎症ひいてはAMD発症を抑える効果があるかは、よく分かっていなかった。

 そこで研究グループは今回、高脂肪食により肥満となったマウスに対して、食餌を通常食へと切り替えることで体重を正常化させた肥満既往マウスを作成。この肥満既往マウスを用いて、レーザーにより脈絡膜新生血管を誘導した滲出型加齢黄斑変性モデルと、青色LEDで網膜萎縮を起こした萎縮型加齢黄斑変性モデルを作成した。

 これらのマウスでは、体重が正常化すると、耐糖能異常など全身の代謝状態も改善し、正常化したにも関わらず、加齢黄斑変性は、やせた後も増悪したままであることが分かった。そこで、マウスの身体のどこに加齢黄斑変性を増悪させる“記憶”が保持されているかを検索した。

 その結果、腹腔内脂肪組織に含まれる腹腔内マクロファージに、その記憶が保持されており、肥満が解消された後でも、炎症性サイトカインや血管新生因子を分泌しやすい状態で保持されていることが分かった。

 さらに、どのように“記憶”が免疫細胞内に刻まれているかを調べたところ、高脂肪食に含まれている脂質がToll様受容体4(TLR4)を介して転写因子AP-1の発現を上昇させ、AP-1がDNAに結合することで、ヒストンアセチル化酵素P300を動員し、ヒストンタンパクがアセチル化することで、クロマチン構造が緩み、遺伝子発現が促進されやすくなることを発見しまた。

 つまり、脂質により、炎症や血管新生に関わる遺伝子のクロマチン構造が再構成され、過去の肥満としてそのまま自然免疫系に記憶されることにより、晩年の神経炎症や加齢黄斑変性に悪影響を与えることが明らかになった。

 「本研究では、網膜疾患や神経炎症性疾患の発症に、自然免疫系に刻まれた“過去の記憶”が影響を与えうることを明らかにした。本研究はマウスを使った実験結果だが、実際の患者でも同様のことが起こっているかを検証しているところだ」と、研究グループでは述べている。

 「今後は、免疫記憶に介入することで、難治性疾患の新たな治療法の開発につなげていきたいと考えている。難治性疾患のさまざまな病態について、動物実験に加え患者データを用いて検証を重ね、疾患をより深く理解し治療応用へとつなげることを目指す」としている。

京都大学大学院医学研究科眼科学教室
Past history of obesity triggers persistent epigenetic changes in innate immunity and exacerbates neuroinflammation (Science 2023年1月5日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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