日本人のアルツハイマー発症リスクが遺伝子情報から予測可能に 将来の脳内アミロイドβ蓄積リスクを高精度に予測するモデルを開発 慶應義塾大学とエーザイ

アルツハイマー病の発症リスクをより早い段階で予測
研究は、慶應義塾大学医学部内科学(神経)および同大学病院メモリーセンターの伊東大介特任教授と、エーザイの海嶋美里研究員などの研究グループ(エーザイ・慶應義塾大学認知症イノベーションラボ:EKID)によるもの。研究成果は、「Alzheimer's Research & Therapy」にオンライン掲載された。
認知症は、医療や福祉だけにとどまらず、日本社会全体の持続可能性に直結する行政・政策上の重要課題となっている。アルツハイマー病は認知症のもっとも主要な原因であり、その発症には脳内にアミロイドβやタウタンパク質が異常に蓄積されることが関与している。
抗アミロイドβ抗体「レカネマブ」が2023年に、国内で承認され、日本のアルツハイマー病治療は転換点を迎えた。この薬剤は、現時点で「軽度認知障害」および「軽症アルツハイマー病」に限って投与が認められている。
こうした医療の進歩の恩恵を多くの患者が受けられるようにするために、発症よりも前の段階から自身のリスクを把握し、予防意識を高めること、さらに症状があらわれる前に正確な診断と早期の治療介入につなげることが重要になる。そのため、アルツハイマー病の発症リスクをより早い段階で予測できる診断技術の開発が求められている。
日本人のアルツハイマー病の多遺伝子リスクスコアモデルを構築
近年、アルツハイマー病(AD)の発症リスクが高い人を早期に発見するための新たな手法として、「多遺伝子リスクスコア(PRS)」の有用性が注目されている。PRSは、個人が生まれつきもっている複数の遺伝子変異の影響を統合的に評価し、病気のかかりやすさを数値化する指標だ。
これまでの欧米での研究では、ADに深く関わるアポリポタンパク質E(APOE)遺伝子のタイプ(APOE 4・APOE 2)とPRSを組み合わせることで、将来的な発症リスクを高精度で予測できることが示されている。
しかし、これらの研究は主に白人集団のデータを基準にしており、日本人を含むアジア人への応用可能性は、これまで十分に検証されていなかった。
そこで研究グループは、慶應義塾大学病院の日本人認知症コホートデータと日本人のアルツハイマー病ゲノムワイド関連解析の結果を用いて、日本人での脳内アミロイドβ蓄積(AβPET陽性)の有無を予測できるPRSモデルの構築を試みた。
開発したPRSモデルの精度と安定性を確認
研究グループは、さまざまな手法や一塩基多型(SNP)選択方法を比較・検討し、高リスク者・低リスク者をより高い精度で同定することを目指した。
その結果、リスク予測に使用するSNPのp値の閾値(pT)を0.1未満に設定することで、リスク予測精度がもっとも高まることを明らかにした。
さらに、APOE遺伝子のE2およびE4対立遺伝子のコピー数を区別して考慮することで、モデルの性能が大きく向上し、AUC 0.759という高い予測精度を達成した。
また、リスク予測に使用するSNP数をより減らした場合(pTを1.0×10-5未満にした場合)でも、AUCは0.735と高い精度を維持し、モデルの安定性が示された。
同モデルは同コホート内の新規取得データを外部データとして用いた検証でも高い予測精度を示し、その再現性が確認された。

認知症1,000万人時代に備える
アルツハイマー病の発症には非遺伝的因子も重要
「本研究により、日本人で脳内アミロイドβ蓄積リスクの高い個人をゲノム情報から高精度で予測できることが分かりました。抗アミロイドβ抗体薬の正式承認を受け、アルツハイマー病に対する早期発見と早期治療介入の重要性がますます高まっています」と、研究者は述べている。
「本モデルを活用することで、個人が自身の将来のアルツハイマー病発症リスクを把握し、疾患への理解と意識を高めることが可能になります。一方で、ゲノム情報のみではアルツハイマー病の発症を完全には予測できないことも明らかとなり、アルツハイマー病の発症には遺伝的要因に加えて環境要因や生活習慣などの非遺伝的因子も重要であることが示唆されました。これにより、生活習慣の改善や早期の医療受診といった予防的行動の促進にもつながることが期待されます」としている。
ただし、こうした臨床応用の妥当性を検証するには、さらなる研究が必要であり、今後、より大規模かつ遺伝的に多様なサンプルを活用することで、本モデルの予測精度と汎用性の向上を目指していく予定としている。加えて、こうした遺伝情報を利用した技術の臨床応用には倫理的な課題もあり、社会的なコンセンサスを得るために幅広い議論が求められるとしている。
研究は、日本医療研究開発機構 医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)「産医連携拠点による新たな認知症の創薬標的創出」の支援を受けて行われた。
日本では、2025年時点で65歳以上の認知症の人が約472万人、軽度認知障害(MCI)の人が約564万人にのぼり、あわせて1,000万人を超えると推計されている。さらに、認知症患者1人に対して平均3人の介護者が必要とされることから、将来的に1,000万人以上が介護に関わる社会が到来すると見込まれている。
慶應義塾大学医学部神経内科
慶應義塾大学医学部 百寿総合研究センター
Development of a Japanese polygenic risk score model for amyloid-β PET imaging in Alzheimer’s disease (Alzheimer's Research & Therapy 2025年5月22日)