糖尿病性腎症による腎不全のストッパーとなる治療法を発見 タンパク尿の段階でNMNを投与 長期的に腎症抑止をもたらす可能性

2021.04.13
 慶應義塾大学医学部内科学教室の研究グループは、糖尿病性腎症のドミノストッパーとなる治療法を発見したと発表した。「ニコチン酸モノヌクレオチド」(NMN)を投与する治療法だ。
 NMNをタンパク尿の段階という的確な時期に投与すれば、糖尿病性腎症の進行を抑制できることを明らかにした。NMNの短期投与により、投薬中止後もずっと良い効果を及ぼし続け、病気の進行を長期的に抑えられる。

NMN投与により糖尿病性腎症の進行を抑制できる

 慶應義塾大学医学部内科学教室の研究グループは、糖尿病性腎症のドミノストッパーとなる治療法を発見したと発表した。「ニコチン酸モノヌクレオチド」(NMN)を投与する治療法だ。

 糖尿病性腎症ドミノとは、(1)糖尿病を発症 → (2)糖尿病による腎障害である糖尿病性腎症が進行 → (3)高い確率でやがて透析に至る、という連鎖がドミノ倒しのように進む病態。

 NMNは、細胞内でNAD(ニコチナミド アデニン ジヌクレオチド)を作る際の材料となる抗加齢分子。NADは生命活動にとって必須であり、加齢とともに低下することが、臓器や組織の機能低下、ひいては老化関連疾患の病因を引き起こしている。

 NMNを投与してNADを増やせば、サーチュインの作用を高められる可能性がある。サーチュインはNADを材料にし、タンパク質の脱アセチル化を促進する酵素。

 研究グループはこれまで、Sirt1の腎臓での重要性を明らかにしてきた。脱アセチル化された標的タンパク質の機能を高めると、抗酸化、抗炎症、エネルギー代謝を効率化させるタンパクの機能が高まり、細胞機能を安定化させ若々しさを保てるようになる可能性がある。

 具体的には、NMNをタンパク尿の段階という的確な時期に投与すれば、短期の投与で、その後投与を中止しても長期間、糖尿病性腎症の進行を抑制できることを明らかにした。

 患者にとっては、短期間の通院や投薬で、長期間にわたって治療効果を得られる。糖尿病性腎症は糖尿病患者が慢性腎臓病を経て透析になる最大要因の疾患であり、この発症や進行を抑えることで、慢性腎臓病や透析患者の発症抑止にも大きな成果が得られる可能性がある。糖尿病性腎症は、COVID-19のリスクファクターとしても社会的に重要だ。

 研究は、慶應義塾大学医学部内科学教室(腎臓・内分泌・代謝内科)の伊藤裕教授、脇野修准教授、長谷川一宏特任講師、安田格助教らの研究グループによるもの。研究成果は、米国腎臓病学会誌「Journal of the American Society of Nephrology(JASN)」に掲載された。

出典:慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓・内分泌・代謝内科、2021年

「尿細管-糸球体連関」の連関を解明

 研究グループが2020年に発表した研究で、NMNが糖尿病性腎症で低下していることを明らかになった。このNMNは、腎臓ではこれまで尿の通り道という概念で捉えられていた尿細管で主に産生されており、その産生が減ると、糸球体の「濾過器」を構成する足細胞という細胞の機能にも異常が波及する。
 さらに、若々しく細胞を保つ機能を持つ酵素であるSirt1という抗加齢分子の足細胞での発現が低下し、本来は発現していない異常タンパクのひとつであるクラウディン-1(Claudin-1)の発現が上昇する。
 こうした経過を経て、最終的には「濾過器」が障害されタンパク尿が出現するという一連の病気の流れを解明した。尿細管の細胞から糸球体足細胞へのNMNを仲立ちにした対話が途絶えてしまうことが糖尿病の極めて早い段階で生じ、発症に関与しているという。
 研究グループは、この連関を「尿細管-糸球体連関」と名付けた。

糖尿病性腎症での「尿細管-糸球体」連関の破綻
糖尿病では、尿細管のNMN産生が妨げられ、糸球体のSirt1低下が引き起こされる。
出典:慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓・内分泌・代謝内科、2021年

NMNの短期投与は、投薬中止後も効果を及ぼし続ける 「超早期」の介入を可能に

 これまで糖尿病性腎症の早期診断として、アルブミン尿(微量のタンパク尿)の検出が多く使われてきた。これは糸球体の障害を早期に検出する方法だ。研究グループは、すでにアルブミン尿が出る前から尿細管ではエネルギー代謝の失調を起こし、糸球体障害をまねいていることを明らかにしている。
 「尿細管-糸球体連関」の破綻が生じた時には、もうすでに糖尿病性腎症を発症している。研究グループは今回、この連関の破綻を修復する、枯渇したNMNを補充する新しい治療が有効である可能性を見出した。
 糖尿病性腎症はある程度進むとなかなか進行を止められない。これまでの進行を遅らせる治療から、発症させない「先制医療」を実施すれば、発症や進行のみならず、重篤化も避けられるため高い効果を得られると考えられる。
 今回の研究を進展させれば、「超早期」の介入によるヒトへの新たな治療法を開発できる可能性がある。研究グループは、8週令の糖尿病性腎症を起こしたマウスにNMNを2週間短期投与し、その後中止しても、驚くべきことに、24週令の解析でアルブミン尿の抑止が継続していることを確認した。
 つまり、NMNの短期投与が、投薬中止後もずっと良い効果を及ぼし続け、病気の進行を長期的に抑えることを可能にする画期的な治療手段への手がかりとなることを見出した。
 「COVID-19の重症化危険因子の中には、糖尿病、慢性腎臓病、透析の3疾患が含まれ、これらの基礎疾患の免疫力低下が要因とされています。糖尿病性腎症は透析になる最大要因の疾患であり、この発症や進行を抑えれば、慢性腎臓病や透析患者の発症抑止にも大きな成果が得られる可能性があります。透析患者増大のみならず、COVID-19重症化抑止につながる可能性のある基礎研究結果です」と、研究グループは述べている。

糖尿病の腎臓で低下したNMNを補充する治療が短期投与でも長期に永続する可能性がある
出典:慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓・内分泌・代謝内科、2021年

慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓・内分泌・代謝内科
Pre-emptive Short-term Nicotinamide Mononucleotide Treatment in a Mouse Model of Diabetic Nephropathy(Journal of the American Society of Nephrology 2021年4月2日)

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