肝臓-筋肉の代謝制御ネットワークを解明 肥満症にともなう高血糖症や2型糖尿病などの全容解明を期待

2021.03.18
 東京大学は、マウスモデルを用いた代謝制御ネットワークによる解析から、肥満による臓器連関代謝サイクルの破綻のメカニズムを大規模に明らかにしたと発表した。
 これにより、高血糖症などの肥満による全身の代謝恒常性の破綻について、代謝物の臓器間でのやりとりの制御異常という新しい側面から評価することが可能になるという。

肥満による臓器連関代謝サイクルの破綻のメカニズムを解明

 東京大学は、マウスモデルを用いた代謝制御ネットワークによる解析から、肥満による臓器連関代謝サイクルの破綻のメカニズムを大規模に明らかにしたと発表した。

 肝臓と筋肉で、野生型マウスと肥満モデルマウス間で変化した肝臓と筋肉における大規模代謝制御ネットワーク(トランスオミクスネットワーク)を構築し、血液の代謝物データと統合することで、臓器連関代謝サイクルの破綻のメカニズムを明らかにした。

 トランスオミクスネットワークは、シグナル経路や転写産物発現、タンパク質発現、代謝階層にまたがる大規模な代謝制御ネットワーク。臓器連関代謝サイクルは、肝臓や筋肉といった代謝臓器間の、血液を介した代謝物のやりとりを示している。

 代謝物の臓器-血液間のやりとりに機能する輸送体の発現異常や、肝臓と筋肉の代謝酵素の発現異常が肥満マウスの高血糖に寄与している可能性がある。

 臓器連関代謝サイクルの肥満による破綻のメカニズムを網羅的に解明するトランスオミクスネットワーク解析は、肥満における高血糖症といった多臓器連関の代謝異常のメカニズム解明に役立つとしている。

 研究は、東京大学大学院新領域創成科学研究科の江上陸氏と大学院理学系研究科の小鍛治俊也特任助教、黒田真也教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科の幡野敦助教らは、広島大学大学院総合生命科学研究科の藤井雅史助教、筑波大学医学医療系の尾崎遼准教授、土屋貴穂助教、金沢大学医薬保健学総合研究科の井上啓教授、九州大学生体防御医学研究所の中山敬一教授、久保田浩行教授、宇田新介准教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科の松本雅記教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授、理化学研究所生命医科学研究センターの柚木克之チームリーダー、慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授、平山明由特任講師の共同研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」に掲載された。

肝臓と筋肉のそれぞれの代謝臓器について、野生型と肥満モデルマウスで変化した大規模な代謝制御ネットワーク(トランスオミクスネットワーク)を構築し、血液の代謝物データと統合することで、臓器連関代謝サイクルの肥満による破綻とその制御異常を明らかにした。
出典:東京大学大学院新領域創成科学研究科、2021年

臓器連関代謝サイクルをトランスオミクス解析で解明

 全身の代謝恒常性は肝臓や筋肉のような個々の代謝臓器に加え、これらの代謝臓器間の血液を介した代謝物のやり取りである臓器連関代謝サイクルによって適切に制御されている。

 たとえば空腹時の健常個体では、肝臓でのグルコースの産生や血中への放出が促進し、筋肉などの抹消組織で取り込まれてエネルギー源として利用される。

 一方で、筋肉ではグルコースは乳酸やアラニンへと変換され肝臓へと移行し、糖の産生の新たな基質として利用される。このような臓器連関代謝サイクルは、グルコース-アラニンサイクルやグルコース-乳酸サイクル(コリ回路)として知られている。

 また、肥満は各臓器での適切な代謝制御を乱し、高血糖症や2型糖尿病などの全身性の代謝疾患を引き起こす病態だ。これまで肝臓のような個々の代謝臓器に対する肥満の影響はよく研究されてきたが、臓器連関代謝サイクルの制御に対する肥満の影響は、ほとんど明らかとされていなかった。

 各臓器での代謝制御は、転写産物やタンパク質、代謝物を含む巨大な分子ネットワークを介して行われる。近年、多くの分子を同時に測定しつなげるトランスオミクス解析の発展により、大規模な代謝分子の制御ネットワークの同定が可能となった。

 そこで研究グループは、肥満による臓器連関代謝サイクルの破綻とその制御異常のメカニズムを明らかにすることを目的として、野生型と肥満マウスの肝臓と筋肉に対してトランスオミクス解析を行った。

肝臓と筋肉の大規模代謝制御ネットワークから、肥満による臓器連関代謝サイクルの破綻を解明

 研究グループは、16時間絶食後の野生型マウスと肥満モデルマウスであるob/obマウスの肝臓と筋肉を用いて、トランスクリプトーム解析とプロテオーム解析、メタボローム解析、リピドーム解析を実施し、転写産物やタンパク質、代謝物、脂質の量について網羅的な計測を行った。

 これらの大規模データから野生型と肥満マウスの比較を行い、肥満によって増加もしくは減少した代謝酵素転写産物やタンパク質、代謝物、脂質を同定した。さらに同定した代謝酵素遺伝子について、塩基配列を用いた手法により、肥満で活性の変化した転写因子を推定した。また、インスリンシグナル経路を対象にリン酸化が肥満によって変化した分子群の同定も行った。

 次に、制御経路データベースを用いて、肥満で発現が変化した代謝酵素群や代謝物によって直接制御される代謝酵素群を同定。さらに肝臓と筋肉について、それらの制御関係をバイオインフォマティクスの手法により統合することで肝臓と筋肉における肥満で変化した大規模な代謝制御ネットワークを構築した。

 ここでは、転写因子の活性によって発現制御された代謝酵素群などを明らかにしており、たとえば、肥満の肝臓では糖代謝や脂質代謝に関わる多くの代謝酵素の発現が増加し、これらの発現はPpargやKlf4といった転写因子によって制御されていることが示唆された。

 さらに、肝臓と筋肉のそれぞれで構築した肥満で変化した代謝制御ネットワークに加えて血液の代謝物データも取得。各臓器の代謝制御ネットワークと統合することで、肥満によって変化した臓器連関代謝サイクルの全貌を明らかにすることを試みた。

 同研究では、空腹時の体内で代謝恒常性の中枢を担う肝臓-筋肉間の臓器連関代謝サイクルである、グルコース-アラニンやグルコース-乳酸、ケトン体代謝回路の3つのサイクルに着目。

 その結果、糖の代謝に関わるグルコース-アラニンとグルコース-乳酸回路では、(1)肝臓でのアラニンや乳酸の輸送体を介した取り込みや、それらの代謝物を基質としたグルコースの産生が増えること、(2)筋肉での輸送体を介したグルコースの取り込みの障害や、解糖系代謝酵素の発現が減弱しグルコースの消費やアラニンの産生が減少することが明らかになった。

 このような臓器連関代謝サイクルに関わる各臓器での代謝制御の異常が、肥満マウスの高血糖に寄与していると考えられる。また、肥満マウスのケトン体代謝サイクルでは、肝臓で産生が増大したケトン体を筋肉では取り込めず、ケトン体代謝酵素の発現も減少することなどからケトン体をエネルギー源として利用できていないことが示唆された。

肥満症にともなう高血糖症や2型糖尿病などの全容解明を期待

 今回の研究成果により、大規模な代謝制御ネットワークの構築から、肝臓-筋肉間の臓器連関代謝サイクルの肥満による破綻のメカニズムがはじめて大規模に明らかになった。これにより、高血糖症などの肥満による全身の代謝恒常性の破綻について、代謝物の臓器間でのやりとりの制御異常という新しい側面から評価することが可能になった。

 「今回の研究は、従来の単一の代謝臓器の解析では解明できなかった代謝異常のメカニズム解明を可能としますが、現状は肝臓と筋肉の二臓器間にのみ着目しています。今後は脂肪細胞や脳といった他の代謝臓器にも本解析手法を拡張していくことにより、肥満症にともなう高血糖症や2型糖尿病のような疾患の全容が明らかにされていくと考えています」と、研究グループは述べている。

東京大学大学院新領域創成科学研究科
Trans-Omic Analysis Reveals Obesity-Associated Dysregulation of Inter-Organ Metabolic Cycles between the Liver and Skeletal Muscle(iScience 2021年2月20日)

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