糖尿病網膜症発症に関わるゲノム領域を同定 遺伝的要因を解明 新たな予防法・治療薬開発の足がかりに 理化学研究所

2021.03.18
 糖尿病網膜症の発症に関わる2つの疾患感受性ゲノム領域が新たに同定された。糖尿病網膜症の遺伝的要因を解明できる可能性がある。
 理化学研究所生命医科学研究センター糖尿病・代謝ゲノム疾患研究チームなどが実施した、日本人の2型糖尿病患者を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)により明らかになった。
 糖尿病網膜症は、同じような血糖値コントロール状況においても、その発症・進展には個人差がみられ、遺伝的要因が関与しているとみられる。研究成果は、糖尿病網膜症の新しい予防法や治療薬の開発につながると期待される。

糖尿病網膜症発症の遺伝要因を解明 世界最大規模のGWAS

 理化学研究所などの研究グループは、日本人の2型糖尿病患者を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、糖尿病網膜症の発症に関わる2つの疾患感受性ゲノム領域を新たに同定したと発表した。

 糖尿病の合併症の1つである糖尿病網膜症の発症には遺伝要因が関与していることが知られているが、どのような遺伝因子が関与するかはよく分かっていなかった。

 そこで研究グループは、日本人2型糖尿病患者1万1,097人のゲノムを用いて、一塩基多型(SNP)を網羅的に解析し、別の日本人2型糖尿病患者2,983人のゲノムを用いた検証解析を経て、糖尿病網膜症の疾患感受性に関連する2つのゲノム領域(STT3B、PALM2)を同定した。

 この解析は、糖尿病網膜症のGWASとしては世界最大規模となる。また、SNPと疾患との関連を遺伝子単位で解析した結果、EHD3遺伝子と糖尿病網膜症との関連も明らかになった。

 研究は、理化学研究所生命医科学研究センター糖尿病・代謝ゲノム疾患研究チームの堀越桃子チームリーダー、前田士郎客員研究員(琉球大学大学院医学研究科教授)、今村美菜子客員研究員(琉球大学大学院医学研究科准教授)、東京大学医学部附属病院の山内敏正教授、東京大学の門脇孝名誉教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、科学誌「Human Molecular Genetics」オンライン版に掲載された。

研究で明らかになった糖尿病網膜症と関連する2つのゲノム領域
出典:理化学研究所、2021年

1万1,097人の日本人2型糖尿病患者のゲノムで一塩基多型(SNP)を網羅的に解析

 糖尿病が進行すると、網膜症、腎症、神経障害といった合併症を発症する場合がある。現在、日本での糖尿病の患者数は約1,000万人に上り、そのうち約15~23%が「糖尿病網膜症」を発症していると推計されている。糖尿病網膜症は日本での代表的な成人の失明原因の1つであり、比較的若い働き盛り世代で視力の障害が起こることが知られている。
 糖尿病網膜症の予防の基本は、糖尿病患者の血糖値を厳格にコントロールすること。しかし、糖尿病網膜症には遺伝的要因も関与しており、同じような血糖値コントロール状況でも、その発症・進展には個人差が認められる。これまでに国内外の研究機関で、ゲノムワイド関連解析(GWAS)という統計的な手法を用いた糖尿病網膜症の遺伝的要因の解明が試みられてきた。しかし、過去の研究の大部分は日本人以外の集団を対象としたものであり、小規模の解析にとどまっていた。
 共同研究グループはまず、1万1,097人の日本人2型糖尿病患者のゲノムを用いて、一塩基多型(SNP)の網羅的な解析を行った。この解析は糖尿病網膜症GWASとしては世界最大規模のものだ。具体的には「バイオバンクジャパン」に登録されている2型糖尿病患者のうち、糖尿病網膜症を発症した5,532人、網膜症を発症していない5,565人のゲノムDNAサンプルを用いて、GWASを行った。
 バイオバンクジャパンは、オーダーメイド医療実現化プロジェクトの基盤となるDNAサンプルや血清サンプルを47疾患(のべ約20万人)から収集し、臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンク。

糖尿病網膜症のゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果
横軸にヒトゲノム染色体上の位置、縦軸に各SNPの糖尿病網膜症との関連の強さを示した。グラフの上にあるほど関連が高いことを示す。青の実線より上に位置する85か所について検証解析を行った。
出典:理化学研究所、2021年

2つのゲノム領域(STT3B、PALM2)とEHD3遺伝子が糖尿病網膜症発症と関連

 ヒトゲノム全体をカバーする約580万ヵ所のSNPのなかから、糖尿病網膜症の発症に関わると考えられる有力な85ヵ所を選び、さらに別の日本人2型糖尿病患者(糖尿病網膜症群2,260人、対照群723人)を追加して検証解析を行った。そして、GWASと検証解析の結果をメタ解析で統合した結果、2つのゲノム領域(STT3BおよびPALM2)が糖尿病網膜症の疾患感受性とゲノムワイド水準(p=5×10-8)を超える関連をもつことを発見した。
 さらに、1万1,097人の網羅的なSNPデータを用いて「gene-based association analysis」という統計学的手法により、糖尿病網膜症とSNPの関連を遺伝子単位で解析した。これは、GWASの結果にもとづいて、疾患との関連が強いSNPがどの遺伝子に集積しているかを網羅的に検討する手法。
 1万8480個の遺伝子を対象に解析した結果、EHD3遺伝子が糖尿病網膜症発症と関連することが明らかになった。
 今回の研究により、糖尿病網膜症との関連が明らかになった2つのゲノム領域(STT3BおよびPALM2)やEHD3遺伝子がどのように糖尿病網膜症発症に関わるか、そのメカニズムを解明することで、糖尿病網膜症に対する新しい治療薬の開発に貢献する可能性がある。
 また、今後GWASの研究をさらに推進することで、糖尿病網膜症に関連するSNPの情報を組み合わせて糖尿病網膜症発症の傾向を予測し、遺伝的リスクに応じた予防対策を講じる精密医療につながると期待できる。

糖尿病網膜症と関連する2つのゲノム領域
横軸はヒトゲノム染色体上の位置、縦軸は各SNPの糖尿病網膜症との関連の強さを示している。
遺伝子単位での関連解析
横軸は染色体上の位置、縦軸は遺伝子の関連の強さを示している。EHD3遺伝子が糖尿病網膜症発症に関連していることが分かった。
出典:理化学研究所、2021年

理化学研究所生命医科学研究センター糖尿病・代謝ゲノム疾患研究チーム
Genome-Wide Association Studies Identify Two Novel Loci Conferring Susceptibility to Diabetic Retinopathy in Japanese Patients with Type 2 Diabetes(Human Molecular Genetics 2021年2月19日)

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