2型糖尿病の発症リスクを高める遺伝子領域61ヵ所を新たに同定 40万人規模の東アジア人集団のゲノムワイド関連解析(GWAS)で判明 東大・理研など
2020.05.21
東京大学や理化学研究所などの研究グループは、40万人規模の東アジア人集団の遺伝情報を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、2型糖尿病の発症リスクを高める61の遺伝子領域を新たに同定したと発表した。
ある1つの領域で同定された独立したシグナルが、膵臓、脂肪といった異なる組織で、異なる遺伝子の発現を調節することで2型糖尿病発症のリスクを高める可能性が示された。
研究成果は、2型糖尿病の遺伝要因における脂肪や筋肉などのインスリン感受性に関わる組織・臓器の寄与を示しており、2型糖尿病の病態解明や治療薬開発につながると期待される。
ある1つの領域で同定された独立したシグナルが、膵臓、脂肪といった異なる組織で、異なる遺伝子の発現を調節することで2型糖尿病発症のリスクを高める可能性が示された。
研究成果は、2型糖尿病の遺伝要因における脂肪や筋肉などのインスリン感受性に関わる組織・臓器の寄与を示しており、2型糖尿病の病態解明や治療薬開発につながると期待される。
8万人の2型糖尿病症例数は世界最大 半数が日本人
研究は、東京大学大学院医学系研究科糖尿病・生活習慣病予防講座の門脇孝特任教授(研究当時)、同代謝・栄養病態学および医学部附属病院糖尿病・代謝内科の山内敏正教授、理化学研究所生命医科学研究センターの堀越桃子チームリーダーらの研究グループが、東アジアなどの研究機関と共同で行ったもの。研究成果は、「Nature」のオンライン版に掲載された。 2型糖尿病は、慢性的な高血糖により、さまざまな疾患の危険性を高める重大な疾患であり、日本国内で約1,000万人、世界中で4億人以上が患っていると推測されている。2型糖尿病は民族集団により遺伝要因や病態生理に異なる部分があり、日本人集団を含む東アジア人集団は欧米人集団に比べ、肥満がなくても2型糖尿病を発症しやすいなどの特徴があることが知られている。 東京大学大学院医学系研究科や理化学研究所生命医科学研究センターを含む日本の研究グループはこれまで、日本人集団における2型糖尿病の遺伝的な要因を明らかにするために、大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施し、2型糖尿病に関わる遺伝子領域を数多く同定してきた。 今回の研究では、日本におけるこれまでの取り組みをさらに発展させ、東アジア地域における国際的な研究を共同で実施した(the Asian Genetic Epidemiology Network (AGEN) consortium)。 今回研究の対象となった2型糖尿病症例数は約8万人であり世界最大だ。このうち約半数は日本人集団において実施されたGWASが占めており、バイオバンク・ジャパン、東北メディカル・メガバンク機構、多目的コホート研究(JPHC Study)、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)の協力を得て行われた。1つの領域で同定されたシグナルが異なる遺伝子発現を調節
2型糖尿病発症のリスクを高めている
研究グループは、東アジア人集団の2型糖尿病の遺伝素因を解明するために、東アジア人集団における23の2型糖尿病のゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果を統合し、メタ解析を行った(2型糖尿病7万7,418例、対照群35万6,122例。このうち日本人2型糖尿病3万6,614例、対照群15万5,150例)。さらに、肥満度による補正を加えた解析や、男性、女性のみを対象とした層別解析も行った。
これらの解析により、183の遺伝子領域が2型糖尿病と関連しており、うち61領域はこれまでに報告のない新規領域であることが分かった。
同一の遺伝子領域に存在する複数の独立した関連シグナルを同定するために条件付き分析を実施したところ、さらに118のシグナルを同定し、シグナルの総数は301に上った。
既報のANK1/NKX6-3領域では、今回3つの独立した関連シグナルがみつかった。このうち、シグナル1(rs33981001)は膵臓のランゲルハンス島におけるNKX6-3の遺伝子発現を調節するバリアントと隣接していた。
ヒトゲノムはそのほとんど(99%以上)がすべてのヒトで同じだが、ごく一部だけ違いがある場所がある。この個人間の違いがある部分がバリアントと呼ばれている。
膵臓のランゲルハンス島はインスリンを分泌する組織であり、NKX6-3はランゲルハンス島を構成する血糖調節に関わるα細胞やβ細胞の発生に関わる遺伝子だ。rs33981001の2型糖尿病発症のリスクを上げるアリルはNKX6-3の遺伝子発現低下と関連していた。
塩基配列に個人間の違いがあるバリアントでは、ヒトがもちうる塩基配列の型が複数生じうる。アリルはこの塩基配列の型のこと。
一方で、シグナル2(rs62508166)は皮下脂肪組織や骨格筋におけるANK1の遺伝子発現を調節するバリアントと隣接していた。ANK1は骨格筋における糖の取り込みに影響を与えることが知られており、インスリン感受性に関わることが示唆されている。
これらの結果から、同一の遺伝子領域にある異なる2つのシグナルが、異なる組織における異なる遺伝子の発現を調節することで、2型糖尿病を発症する危険性に影響を与えることが示唆された。
2型糖尿病の遺伝要因でのインスリン感受性に関わる組織・臓器の寄与を示唆
次に、各性別に特徴的な2型糖尿病関連領域を探索するため、男性のみ(2型糖尿病2万8,027例、対照群8万9,312例)、女性のみ(2型糖尿病2万7,370例、対照群13万5,055例)を対象とした層別解析を実施。 その結果、各性別に特徴的な6つの領域を新たに同定した。とくに、これまでに心血管疾患や血液中の低分子代謝物との関連が男性に比べて女性で強いことが報告されていたCPS1領域(rs1047891)は、同研究において女性を対象とする肥満度による補正を含めた層別解析により、2型糖尿病と有意な関連を示した。 今回同定された2型糖尿病関連領域のうち、2型糖尿病発症リスクに与える効果が男女間でもっとも大きく異なる領域はALDH2領域(rs12231737)だった。 ALDH2領域は男性では2型糖尿病発症リスクと強い関連を示したが、女性では全く関連がなかった。ALDH2領域は東アジア人集団における適応進化の対象であることが報告されている。 また、ALDH2はアルコール代謝に関連する酵素の遺伝子であり、二日酔いの原因物質とされるアセトアルデヒドを酢酸に変換する経路に寄与することが知られている。 2型糖尿病発症のリスクを上げるアリルはアルコールへの耐性(強さ)、肥満度・血圧・血中中性脂肪の上昇と関連する一方で、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)や心血管疾患の危険性の低下と関連していた。 別の2型糖尿病関連領域には、膵臓のβ細胞で機能する一群のマイクロRNAをコードする領域が含まれていた。これらのマイクロRNAは膵臓のβ細胞に特異的に発現しており、その標的遺伝子はβ細胞のアポトーシスを促進することが知られている。 また、インスリン分泌や膵β細胞の増殖を制御するMIR17HGというマイクロRNAをコードする遺伝子領域も2型糖尿病関連領域に含まれていた。 さらに、MIR17HGの標的遺伝子であり、肝臓における糖分(グルコース)の生成に関わるTRAF3遺伝子近傍にも2型糖尿病関連領域が存在した。 これらの知見から、マイクロRNAが2型糖尿病の発症リスクに影響を与えることが示唆された。東アジア人集団での2型糖尿病の遺伝要因の理解が深まった
今回の研究で、2型糖尿病の遺伝要因に筋肉や脂肪といったインスリン感受性に関わる臓器やマイクロRNAが寄与することが示唆された。また、1つの遺伝子領域にある独立した異なる2つのシグナルが、2型糖尿病発症のリスクを高める可能性が示された。 今回の研究で得られた結果は、東アジア人集団における2型糖尿病の遺伝要因の理解を深めるとともに、将来的には2型糖尿病の病態解明や治療薬開発に応用されることが期待される。 東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科理化学研究所 生命医科学研究センター
Identification of type 2 diabetes loci in 433,540 East Asian individuals(Nature 2020年5月6日)
the Asian Genetic Epidemiology Network (AGEN) consortium
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[Terahata / 日本医療・健康情報研究所]