糖尿病患者のiPS細胞を解析 動脈硬化を抑制する因子を発見 なぜ心血管疾患になりにくい患者がいるのか
2020.05.21
東北大学は、糖尿病患者由来のiPS細胞を用いて、糖尿病における動脈硬化を抑制する仕組みを発見したと発表した。
心血管疾患を示さない糖尿病患者由来のiPS細胞から作製した血管平滑筋細胞では、小胞体内エステラーゼの遺伝子の発現が上昇しており、心血管疾患の進行を抑える役割をしていることが明らかになった。
心血管疾患を示さない糖尿病患者由来のiPS細胞から作製した血管平滑筋細胞では、小胞体内エステラーゼの遺伝子の発現が上昇しており、心血管疾患の進行を抑える役割をしていることが明らかになった。
動脈硬化に「なりやすい人」と「なりにくい人」の違いを解明
研究は、東北大学大学院医工学研究科分子病態医工学分野・医学系研究科病態液性制御学分野の豊原敬文特任助教と阿部高明教授らの研究グループが、米国ハーバード大学と共同で行ったもの。研究成果は、米国科学会誌「Cell Stem Cell」電子版に掲載された。 糖尿病は動脈硬化など心血管疾患の重大なリスク因子だが、糖尿病患者の中には、心血管疾患になりやすい人となりにくい人がいる。なぜ心血管疾患になりにくい人がいるのか、その仕組みを解明できれば、心血管疾患に対する新たな治療法の開発につながると期待される。 一方で、患者から血管などの組織を採取するのは困難だ。そこで研究グループは、体内のあらゆる細胞や組織に分化する能力をもつヒト多能性幹細胞(iPS細胞)を利用することで、糖尿病患者の遺伝情報を保ったまま血管などの目的とする細胞を作製し、心血管疾患になりにくい仕組みの解明に取り組んだ。小胞体内エステラーゼの発現により動脈硬化の進行が抑えられる
研究グループは今回、ハーバード大学のベス イスラエル ディーコネス メディカルセンターのChad Cowan氏のグループと共同で、慢性的な進行した糖尿病に罹患しているにも関わらず動脈硬化などの心血管疾患をもたない患者群と、糖尿病になってから時間が短いにも関わらず動脈硬化が示された患者群からiPS細胞を作製し、さらに、血管細胞(内皮細胞と血管平滑筋細胞)に分化させ、遺伝子発現を比較した。 その結果、心血管疾患を示さない糖尿病患者の血管平滑筋で、小胞体内エステラーゼであるアリルアセタミドデアセチラーゼ(AADAC)の遺伝子の発現が上昇していることを見出した。 エステラーゼは、エステル結合をもつエステルを水と䛾化学反応で酸とアルコールに分解する酵素。AADACは中性脂肪を加水分解するリパーゼとしても働く。 さらに、AADAC遺伝子の発現を人為的に上昇させた血管平滑筋細胞をリピドミクス解析した。リピドミクスは、生体内䛾脂肪酸、中性脂肪、リン脂質など䛾脂肪成分を網羅的に分析し、脂質代謝䛾変化やそ䛾機序を解析する方法だ。 その結果、AADACの活性化は、(1)中性脂肪などの細胞内貯蔵脂肪を細胞膜のリン脂質に変換することで貯蔵脂肪を減少させること、(2)血管平滑筋の増殖能・移動能を減少させることで動脈硬化の進行を抑える効果があることが明らかになった。 また、AADACの発現を血管平滑筋で増強させると、動脈硬化モデルマウス(ApoEノックアウトマウス)で動脈硬化が軽減すること、反対に、AADACの発現を低下させたマウスでは動脈硬化が悪化することを確かめた。患者由来のiPS細胞を用いた研究は有用
このように、心血管疾患を示さない糖尿病患者由来のiPS細胞から作製した血管平滑筋細胞では、小胞体内エステラーゼの遺伝子の発現が上昇しており、心血管疾患の進行を抑える役割をしていることが明らかになった。 今回の研究により、動脈硬化を抑える新たな仕組みが解明されたことで、血管平滑筋細胞での脂質代謝が動脈硬化に果たす役割の解明、および、血管平滑筋アリルアセタミドデアセチラーゼの活性化をターゲットとした心血管疾患の治療法の開発につながることが期待される。 また、疾患の仕組みを解明する手法として、疾患患者由来のiPS細胞を用いた研究が有用である可能性が示唆された。 東北大学大学院医学系研究科・医学部 病態液性制御学Patient hiPSCs identify vascular smooth muscle arylacetamide deacetylase as protective against atherosclerosis(Cell Stem Cell 2020年5月14日)
[Terahata / 日本医療・健康情報研究所]