リゾリン脂質がGLP-1の分泌を促進 新たな糖尿病治療法の開発につながる成果
2017.06.02
東京大学は、リン脂質分子の一種であるリゾフォスファチジルイノシトール(LPI)が、GLP-1の分泌を促進することを発見したと発表した。
GLP-1の分泌にLPIやGPR55が関与
リゾフォスファチジルイノシトール(LPI)は、リゾリン脂質と呼ばれるリン脂質分子の一種。リゾリン脂質は、リン酸とグリセロール骨格に炭化水素鎖が結合したリン脂質のうち、炭化水素鎖が1本のみ結合したものだ。 LPIは細胞の移動や開口分泌に関与しており、また肥満や糖尿病患者において血中濃度が上昇することが知られている。 さらに、LPIを感受するとされるGタンパク質共役型受容体であるGPR55は、膵臓β細胞においてインスリン分泌に関与することが知られており、LPIやGPR55が血糖値制御に重要な役割を担っている可能性が考えられる。 一方、GLP-1は、小腸内分泌L細胞から分泌されるホルモン。消化管内の栄養素や腸内細菌代謝産物、小腸に分布する神経由来の神経伝達物質や血液中のホルモンなど、さまざまな物質が小腸内分泌L細胞に作用し、GLP-1の分泌を制御している。 分泌されたGLP-1は、膵臓β細胞に作用してインスリン分泌を促進し、また神経系へ作用して食欲を抑制する。 研究チームは今回の研究で、このGLP-1の分泌にLPIやGPR55が関与しているのではないかと考えた。GLUTag細胞にLPIを投与するとGLP-1の分泌量が増加
そこで、マウス小腸内分泌L細胞株GLUTag細胞にLPIを投与する実験を行い、細胞内でホルモン分泌の引き金となるCa2+濃度が上昇し、GLP-1の分泌量が増加することを確かめた。GLP-1の分泌増強効果は、マウスから採取した小腸組織においても認められた。 また、GLUTag細胞においてGPR55が発現しており、GPR55の阻害やRNA干渉法による発現抑制を行うことで、LPI投与に伴うCa2+濃度の上昇が部分的に抑制された。RNA干渉法は、目的遺伝子のメッセンジャーRNA配列に相補的な二本鎖RNAを細胞に導入し、その遺伝子の発現を抑制する手法。 さらに、細胞膜上にあり金属イオンを透過するタンパク質であるイオンチャネルの一種であるtransient receptor potential cation channel subfamily V member 2(TRPV2)チャネルを阻害、または発現抑制すると、LPI投与に伴うCa2+濃度の上昇およびGLP-1分泌が抑制された。LPIがGPR55に作用、GLP-1分泌を促進
このTRPV2の動態を詳しく調べるため、TRPV2に蛍光タンパク質GFPを融合させてGLUTag細胞に導入し、細胞膜直下の蛍光を観察できる全反射蛍光顕微鏡を用いて観察を行った。 すると、LPIの投与に伴って細胞膜の蛍光強度が上昇しており、TRPV2が細胞膜へ移行していることが示唆された。この反応は、GPR55の阻害によって部分的に抑制された。 以上の結果から、LPIはGPR55に作用することに加え、TRPV2の細胞膜への移行を促して活性化することで、小腸内分泌L細胞からのGLP-1分泌を促進していると考えられる。 GLP-1はインスリン分泌の促進や食欲の抑制といった作用を持つため、糖尿病の新規治療薬の標的候補として注目されている。 研究チームは、今回LPIやGPR55とGLP-1分泌の関連が明らかになったことで、GLP-1分泌機構の詳細な解明が進めば、新たな糖尿病治療法の開発につながるとしている。 今回の成果は、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程 原田一貴氏、坪井貴司准教授らの研究グループによるもので、5月22日付の国際科学誌「Journal of Biological Chemistry」オンライン速報版に掲載された。Lysophosphatidylinositol-induced activation of the cation channel TRPV2 triggers glucagon-like peptide-1 secretion in enteroendocrine L cells(Journal of Biological Chemistry 2017年5月22日)
[Terahata / 日本医療・健康情報研究所]