慢性腎臓病における心血管障害 ~L-FABPの可能性~
第80回 日本循環器学会学術集会(ファイアサイドセミナーより)
慢性腎臓病(CKD)が心血管障害のリスクファクターであることが明らかになり、循環器領域においてもCKDを念頭に入れた診療が望まれるようになった。また、脳や心臓に生じる臓器障害あるいは下肢を中心とする末梢動脈疾患は、それぞれ個別に治療するのではなく、全身性の血管病'polyvascular disease'として診る姿勢が求められる。このような病態の基盤には血管石灰化、微小循環障害があり、さらにその上流にインスリン抵抗性や内皮機能障害が存在しており、CKDではそれらすべてがモザイク状に関連し血管障害を進展させていく。血管障害の進展を抑止するポイントは言うまでもなく早期診断・早期介入であり、それを可能とするためのバイオマーカーの開発が進められてきた。
本セミナーでは、腎臓内科の立場からpolyvascular diseaseに関する貴重な知見を報告されてきた小林修三氏に、心血管障害とCKDの連関、そして早期診断バイオマーカーの「尿中L-FABP」の有用性を講演いただいた。
※L-FABP:L-type fatty acid binding protein (尿中 L 型脂肪酸結合蛋白)
座長:柏原 直樹 氏(日本腎臓学会
理事長/川崎医科大学腎臓・高血圧
内科学主任教授)
演者:小林 修三 氏(湘南鎌倉総合病院副院長/腎臓病総合医療センター長)
循環器の先生方に向けて慢性腎臓病(CKD)の講演をする際、最初に申し上げたいことは、みなさん採血検査はよくされるのだが採尿検査をあまりされないという点だ。CKDが血管障害の独立した危険因子であることは既によく知られており、我々腎臓内科医は健常な腎が荒廃し腎不全に至る過程を診るというより、そこを足場として全身の血管病'polyvascular disease'を診療している。心血管障害の治療には末梢微小循環障害を早期に捉えなければならず、そのためのバイオマーカーとしての尿検査の重要性を、本日ご理解いただけた らと思う。
さて、polyvascular diseaseは、冠動脈、脳血管、末梢動脈の疾患を複数あわせもつ病態と定義されており、一般外来でこうした症例に遭遇することは少なくない(図1)。このような心血管障害の'非古典的'なリスクとして、AHA(American heart association、米国心臓協会)のステートメントには、アルブミン尿、脂質異常、リン代謝、細胞外液、酸化ストレス、炎症、低栄養、凝固能など多くの因子が掲げられているが(図2)、これらすべてを「CKD患者に認められる所見」として一括りにすることも可能だ。つまり、polyvascular diseaseの上流にCKDが位置していると言える。
そこでここからは、CKDに伴う、脳、心臓、末梢動脈の血管障害を順にみていきたい。
図1 Polyvascular diseaseの現状
日本を含む44カ国の45歳以上の外来患者67,888例を2年間追跡した登録研究「REACH Registry」の患者背景から、多くの患者は複数の血管障害を併発していることが明らかになった。
図2 心血管障害の非古典的危険因子
米国心臓協会(AHA)のステートメントに掲げられている心血管障害の危険因子のうち、'非古典的'なものは、慢性腎臓病(CKD)に認められる所見としてまとめられる。
脳とCKD
GFR低下は無症候性ラクナ梗塞の独立した危険因子であり、
認知機能との関連も示唆される
1990年代にMRI等の画像検査機器が普及してきたころ、我々はCKDにはラクナ梗塞が多く、頸動脈IMTが肥厚している患者も多いことに気づき始めた。そして2000年代に入り、GFRの低下に伴い無症候性ラクナ梗塞の頻度が増加すること、GFR低下は高血圧から独立した有意なリスク因子であることを報告した1)。
さらに最近、SPECTを用いた検討で、外来通院中の透析患者全例に脳血流の低下を認め、認知機能の軽度低下も来していることを明らかにした2)。この検討において脳血流の低下と関連する因子を解析したところ、有意な因子として、RAS(renin-angiotensin-aldosterone system、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系)抑制薬の不使用、PCI(percutaneous coronary intervention、経皮的冠動脈形成術)の施行歴、拡張期血圧高値が挙げられた。これらはすべて血管性の問題であり、透析患者の認知機能低下に血管障害の関与が示唆される。そこで血管障害の進展因子について述べてみたい。
CKDとインスリン抵抗性・血管内皮機能
血管障害の進展因子の一つとして、インスリン抵抗性が古くから研究されている。我々も腎臓内科医の立場からインスリン抵抗性の検討を重ねており、CKDでは糖尿病の有無に関わらず保存期の早期からインスリン抵抗性が出現し、透析に至るとほぼ全例がインスリン抵抗性状態であること、そしてそのような病態の関連因子として従来から報告されていた虚血や副甲状腺ホルモン機能亢進、ビタミンD低値などに加え、アシデミアや血清脂質の質的異常(ApoA1/B低値)が関与することを報告している3)。
また、インスリン抵抗性による血管障害の進展過程に血小板凝集能亢進や血管内皮機能低下が関与することは多くの報告があるが、我々は血中の白血球と血小板の凝集塊をカウントする手法により、透析患者ではその凝集塊が健常者の約2倍に増加していることを見出し、血行動態的異常も生じていることを明らかにしている4)。
CKDと血管石灰化
血管障害の進展において内皮機能の問題とは別に、中膜平滑筋の石灰化という問題がある。我々の検討では、GFRが45mL/分/1.73m2を切るあたりからAgatstonスコアが著明に上昇していた5)。さらに、内因性NO合成阻害物質であるADMA(asymmetric dimethylarginine、非対称型ジメチルアルギニン)がAgatstonスコアの上昇と相関していた。ただし多変量解析では、Agatstonスコアを規定する因子としてHOMA-IR(homeostasis model assessment estimated insulin resistance、インスリン抵抗性指数)のみが有意であったことから、やはり病態の上流にはインスリン抵抗性があると考えられる。
ところで、血管石灰化は単にリンとカルシウムが結合して生じるというものではなく、平滑筋細胞が骨芽細胞に形質転換するなど多彩なプロセスを経る。中でも石灰化を抑制するmatrix Gla蛋白の重要性が指摘されていて、その産生をワルファリンが阻害することから、透析領域ではガイドラインでもその使用をなるべく控えることが推奨されており6)、循環器診療との関わりにおいてもこの点が強調される。
では、血管石灰化を抑えるために今、我々ができることは何かと言えば、やはりリンの抑制である。しかし血中のリンはGFRが20mL/分/1.73m2を切る最終局面になってようやく上昇する。ところが血中リン濃度が3.5mg/dLと日常臨床でよくみられる程度のわずかな上昇であっても、全死亡の相対リスクは同2.5~2.99mg/dLに比しHR 1.32と有意に上昇してくる7)。このことから、血中リンレベルをみていたのでは遅く、他のバイオマーカーが求められることがわかる。現在、その候補としてリン代謝を調整するFGF(fibroblast growth factor、線維芽細胞増殖因子)23等が挙がってきている。
心臓とCKD
透析導入時点で冠動脈疾患が高率にみられるが、
慢性炎症や血管石灰化がさらにそれを加速させる
さて、話題を冠動脈に転じたい。
表1は、我々が発表してきた論文の中で最も多く引用されているものだ。透析患者では全く無症候であっても冠動脈造影による有意狭窄が高頻度に見つかったという結果である。特に糖尿病患者ではその頻度が高く、中には3枝病変の症例もあった。
表1 血液透析導入時点における無症候性冠動脈狭窄の頻度
では、冠動脈の動脈硬化は透析導入時点で既に完成しているのかというと、決してそうではない。透析導入後にCRPやAgatstonスコアが高いほど冠動脈イベントが増えることから8)、慢性微小炎症や心臓弁の石灰化が関与してイベントリスクを上昇すると考えられる。僧房弁石灰化との関連する尿中バイオマーカーもあり9)、新たな治療戦略が我々に求められている。
末梢動脈とCKD
血管石灰化のためABIが偽陰性になりやすく、
早期診断にはSPPが推奨される
続いて末梢動脈について述べる。
腎不全はPAD(peripheral arterial diseases、末梢動脈疾患)の強力な危険因子であり、透析患者の四肢切断リスクは一般人口の83倍に上る10)。では、PADをどのように捉えればよいのだろうか。スクリーニング法として普及しているのはABI(ankle brachial pressure index、足関節上腕血圧比)だが、血管石灰化を伴うとABIは偽陰性(偽高値)となり感度が低下する。一方、皮下の微小循環を評価するSPP(skin perfusion pressure、皮膚組織灌流圧)は感度・特異度とも高く、PADの早期発見に適している。
我々はMDCTを施行しPADと診断した透析患者のSPPを測定したところ、ABI 0.9では感度29.9%にとどまったのに対し、SPP 50mmHgをカットオフ値とすると感度が84.9%に向上した11)。またこの検討において透析患者の4割以上がSPP 50mmHg未満であり、透析医療におけるPADの頻度が従来考えられていた以上に高いことが明らかになった。さらに、透析患者の下肢血行再建術後の予後は2年生存率が5割と報告されていて12)、生命予後も不良となる。
抗血小板薬・抗凝固薬やリン吸着薬の選択が鍵を握る
透析患者の予後を改善するには先ほど来述べている末梢微小循環障害や血管石灰化の問題への介入が必要となる。
前者に対しては抗血小板薬のシロスタゾールが用いられることが多いが、同薬は心拍数を上げてしまう。しかし心拍数への影響がないプロサイリン等、他の抗血小板薬も同薬と同等にSPPの改善が期待できることを我々は報告している13、14)。
また後者に対しては前述したようにワルファリンの使用を控えることに加え、我々はリン炭酸カルシウムに替わるリン吸着薬として炭酸ランタンを用いることでAgatstonスコアの上昇を抑制できることを見出した15)。もちろん、リン摂取の管理や十分な透析も重要である。
末梢微小循環とL-FABP
尿バイオマーカーを用いて心血管障害を可及的早期に発見する
ここまで、脳、心臓、末梢動脈と順にみてきたが、結局のところ予後を改善するポイントは早期診断である。先ほど述べたSPPもその手段の一つであるし、微量アルブミン尿が心血管障害の早期マーカーとされていることはご承知のとおりだ。こうした流れの中で近年、臨床応用されたのが尿中L型脂肪酸結合蛋白であるL-FABPだ。
L-FABPは、尿細管周囲の毛細血管が虚血や酸化ストレスにより障害を受けた時に近位尿細管において誘導され、細胞内に生じた活性酸素や過酸化脂質を細胞外に排出するように働く。従って、このL-FABPを尿中でみるということは、虚血等のストレスにより障害が生じつつある過程を捉えていることになり、この点が糸球体障害の結果として現れるアルブミンと異なる。
CKD・AKI・CINとL-FABP
冠動脈病変の診断のため、心電図、エコー、MRI、PET/SPECTなどが次々に登場し、心筋の微小循環障害の早期診断が可能になってきたのと同様に、腎臓組織の虚血を早期に捉えるマーカーがいくつか開発されてきた。それらの中でL-FABPは腎灌流量の低下と最も強く相関する(図3)。
図3 傍尿細管毛細血管の血流量低下と尿中バイオマーカーの関係
腎移植後の患者12例での検討で、4種のバイオマーカーのうちL-FABPのみが、傍尿細管毛細血管の血流量の低下と有意な相関を示した。
さらに注目すべきは、糖尿病性腎症による腎障害との関連だ。糖尿病性腎症において尿中微量アルブミンが早期マーカーとなることは周知されているが、L-FABPは、微量アルブミンも呈さない正常アルブミン尿期においても、コントロールに比し有意に上昇する(図4)。つまり尿中アルブミンよりも、さらに早いマーカーであるということだ。
図4 糖尿病性腎症のステージ別にみた尿中L-FABP
そのほか、心臓外科手術後の急性腎障害(AKI;acute kidney injury、急性腎障害)においてもL-FABPは、術直後に著明に上昇する16、17)。造影剤腎症においても同様であり、L-FABPを用いることで、こうしたAKIへの早期介入が可能になる。実際、腎疾患の国際ガイドラインであるKDIGO(kidney disease improving global outcomes、国際腎臓病予後改善機構)でもL-FABPは、シスタチンCやIL-18などとともにAKIのマーカーとして掲げられている18)。そして、それらの中で国内保険適用されている唯一の尿中バイオマーカーである。最後にその保険の適用条件を示すが(表2)、要はCKDの早期マーカーであることを理解してお使いいただければよく、またAKIの早期診断にも使用できるということである。
表2 L-FABPの保険適用条件
参考文献
初 出
第80回 日本循環器学会学術集会 ファイアサイドセミナー24
第11会場(仙台国際センター 会議棟1F 小会議室2)
演題:慢性腎臓病における心血管障害 ~L-FABPの可能性~
座長:日本腎臓学会理事長/川崎医科大学腎臓・高血圧内科学主任教授 柏原 直樹 氏
演者:湘南鎌倉総合病院副院長/腎臓病総合医療センター長 小林 修三 氏
共催:シミックホールディングス株式会社、積水メディカル株式会社
関連情報
- 糖尿病性腎症の病態と治療~バイオマーカー・尿中L-FABPの可能性
- 腎障害バイオマーカーL-FABPとAKI
- CKD・糖尿病性腎症の疾病管理~バイオマーカーL-FABPの可能性~
- 尿中L-FABP検査より確実な糖尿病性腎症・心腎連関の進行抑止