インスリン注入器用針による針刺しが増加 職業感染制御研究会
2013.08.06
「インスリン注射時の医療従事者の針刺し切創が増えている」――。職業感染制御研究会(代表:森屋恭爾・東京大学医学部附属病院感染制御部教授)が7月に開催した「『針刺し予防の日』制定記念講演会」で、同研究会幹事で横浜市大学付属病院感染制御部の満田年宏氏らが実情を報告した。
医療従事者が安心して働く上で欠かせないのが、仕事が原因で罹患する感染症(職業感染)予防対策だ。例えば、針刺し切創や皮膚・粘膜曝露などを通じて、患者の血液・体液の中に含まれる病原体が体内に進入し、職業感染を生じることが知られている。 針刺し切創のサーベイランスに用いられている国際的な報告書式が、米バージニア大学のJanine Jagger教授らによって開発された「エピネット(Exposure Prevention Information Network)」だ。日本では職業感染制御研究会により「エピネット日本版」が公開されている。 同研究会は、全国のエピネット日本版を利用している施設を対象に実施したエピネット日本版サーベイランス2011年(JES2011)をもとに報告書を発表した。JES2011には83施設が参加し、2009~2010年の針刺し切創は5,389件が報告された。一般病床における針刺し件数は100床当たり6.4件で、国内の針刺し件数は減少傾向にある。
インスリン注射の針刺し損傷は年間7,000件以上と推定
針刺し切創の発生状況では、全体では使用中がもっとも多く(26.9%)、廃棄容器関連の受傷(15.4%)、数段階処置中(11.1%)、使用後廃棄まで(8.9%)の順となっている。リキャップによる受傷が全体に占める割合は8.8%。「リキャップ」、「使用後廃棄まで」による針刺しが全体に占める割合は減少傾向が続いている。 針刺し原因器材としては、安全装置の導入が進んでいる翼状針による針刺しが大幅に減少しているほか、静脈留置針も近年減少傾向に転じている。一方で、縫合針、薬剤充填式注射針は増加している。中でも針刺し切創の原因器材に占める割合が増加しているのは、インスリン自己注入器の針などの薬剤充填式注射針だ。 インスリンなどの自己注射は患者が自身で行うのが基本だが、患者が入院したり施設に入所した際には、看護師などが代わりに注射することが一般化している。 近年は、インスリンやGLP-1受容体作動薬、骨粗鬆症、関節リウマチの治療薬投与などに使う薬剤充填式の自己注射器が増加している。エピネット日本版サーベイランスの1996~99年、2000~03年、04~08年、09~10年の調査結果に基づいて、針刺し切創の原因器材の内訳をみると、96~99年に3.6%だった薬剤充填式注射針は、09~10年に8.1%に増加した。「針刺しゼロの日」を制定 安全器材の普及を目指す
職業感染制御研究会は、針刺し損傷による血液・体液曝露やウイルス感染を撲滅するために、針刺し切創防止の安全器材の導入や正しいトレーニングなどを目指して、8月30日を「8=はり、3=さし、0=ゼロ」の願いを込めて「針刺しゼロの日」に制定し、医療機関や医療従事者だけにとどまらず、患者を含め広く国民に啓発活動を展開している。 患者自身が注射する場合は針刺しリスクがないこともあり、安全装置が付いていない自己注射器が少なくない。特にインスリン注入器の大部分は安全装置なしのものだ。ペン型注入器用注射針による針刺し切創を防止するために、安全装置付のインスリン注入器用針の導入が決め手となるという報告があるが、実際には普及は進んでいない。 「"ワン・アンド・オンリー(1本の針・注射器を1回のみ使用)"を徹底させるとともに、安全装置付の注射針を普及させることが必要です。特に安全装置付注射針については、インスリン注入器用針の費用は生活習慣病指導管理料に含まれており、採用は進んでいないのが実情です。今後は別途診療報酬点数を設けるなど、安全装置付の針の導入が進むよう厚生労働省に働きかけていきたい」と、満田氏らは訴えている。 職業感染制御研究会医学・医療関係者の職業感染制御に関心を持つ個人と組織で構成し、医療従事者への職業感染意識の充実、知識の習得の援助、医療現場でより安全で使用しやすい器材の改良研究を行う目的で活動している。特に針刺し損傷に代表される医療従事者の血液感染をより減少させることを目的として啓発活動を展開している。
[Terahata / 日本医療・健康情報研究所]