糖尿病治療薬のGLP-1受容体作動薬が炎症性筋疾患を改善 筋炎症と筋力の改善効果
炎症性筋疾患の本態は自己免疫疾患 免疫抑制剤の副作用が課題に
研究は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科膠原病・リウマチ内科学分野の保田晋助教授、故・溝口史高元氏、神谷麻理助教の研究グループが、韓国・ImmunoForge社との共同で行ったもの。研究成果は、「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」にオンライン掲載された。
東京医科歯科大学は、炎症性筋疾患モデルに対するGLP-1受容体作動薬を用いた治療が、筋力低下や筋萎縮、さらに筋の炎症を改善することを示した。
多発性筋炎などの炎症性筋疾患は、体幹や四肢の筋力低下を主な症状とする慢性疾患。原因不明の疾患だが、その本態は自己反応性の(自身の体の構成成分を傷害してしまう)細胞傷害性Tリンパ球(CTL)を主体とした免疫細胞が筋細胞を傷害する、自己免疫疾患だと考えられている。
炎症性筋疾患の治療には副腎皮質ステロイド薬や種々の免疫抑制剤が用いられる。これらは免疫細胞を標的とした治療だが、免疫力を非特異的に(疾患で本質的な部分にとどまらず、広範囲に抑えてしまうことから、感染症などの副作用が問題となっている。
また、副腎皮質ステロイド薬はステロイド筋症を誘導してさらなる筋力低下を引き起こす。さらに、これらの治療が有効でない患者や、筋の炎症が制御できた後にも筋力回復に長期間を要する患者が多数存在することも大きな課題だ。そのため、筋の炎症のみならず筋力をも改善させる効果のある、安全な治療法の開発が求められている。
GLP-1受容体作動薬の筋萎縮抑制・細胞死抑制・抗炎症などの作用に着目
研究グループは、非特異的な免疫抑制を作用点とした治療法が効果不十分である現状から、炎症性筋疾患での筋の役割に着目した解析を行ってきた。そして、炎症性筋疾患での筋細胞はCTLからの傷害を受けた結果、ネクロトーシスと呼ばれる炎症誘導性の細胞死にいたり、HMGB1などの種々の炎症介在因子を放出して炎症を悪化させることをつきとめた。
この発見により、従来は免疫細胞の単なる標的と考えられていた筋細胞が、ネクロトーシスを介して炎症性筋疾患の病態を増悪させる攻撃者として機能することが示された。
一方、GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)は、糖尿病治療薬として臨床応用されているが、さまざまな実験モデルで筋萎縮抑制、細胞死抑制、抗炎症など多彩な作用を発揮することが報告されている。
研究グループは、GLP-1RAのこれらの作用に着目し、同薬が炎症性筋疾患に対する有効な治療になるのではないかと着想した。今回の研究では炎症性筋疾患の患者由来の筋組織や、炎症性筋疾患のマウスモデル・細胞モデルを用いて、炎症性筋疾患でのGLP-1Rの関与と、そのモデルに対するGLP-1RAの効果を検証した。
GLP-1受容体作動薬と副腎皮質ステロイド薬の併用で筋力改善・炎症抑制の効果を確認
まず、多発性筋炎などの炎症性筋疾患の筋組織でのGLP-1Rの発現を免疫染色にて確認したところ、炎症細胞浸潤をともなわない筋細胞でのGLP-1Rの発現は乏しい一方、炎症細胞浸潤をともなう筋細胞や細胞死にいたった筋細胞でその発現が高まっていることを確認した。
炎症性筋疾患の動物モデルであるCタンパク誘導性筋炎(CIM)の筋組織でも同様に炎症細胞浸潤をともなう筋細胞にGLP-1Rの高発現が確認された。
次に、CIMに対して、GLP-1RAであるPF1801を単剤あるいは副腎皮質ステロイド薬であるプレドニゾロン(PSL)と併用にて投与したところ、PF1801は単剤あるいはPSLとの併用でマウスの筋力を改善させ、筋細胞の断面積減少(筋萎縮)を抑制した。
これはPSL単剤による治療では筋力低下や筋萎縮の抑制効果が得られなかったことと対照的だった。さらに、PF1801は筋の炎症を軽減させ、PF1801とPSLとの併用でこれらの炎症抑制での相加効果が示唆された。
GLP-1受容体作動薬が筋細胞のネクロトーシス(細胞死)を阻害
研究グループの過去の研究で、ネクロトーシス(細胞死)にいたった筋細胞から放出されるHMGB1という炎症介在因子が、さらなる炎症を誘導することを示している。筋炎を誘導されたマウス血清中のHMGB1の濃度は著明に上昇するが、PF1801単剤、あるいはPF1801とPSLの併用療法を受けたマウスではその上昇が抑制された。一方、PSL単剤療法を受けたマウスではHMGB1の濃度は低下しなかった。
これらの所見から、PF1801が筋炎を改善させた背景に筋細胞のネクロトーシス阻害が関与しているのではないかと仮説を立て、炎症性筋疾患の細胞モデルを用いて検証しました。
CTLはFASLGという傷害性分子を介して筋細胞にネクロトーシスを誘導するため、筋細胞のモデル細胞である筋管細胞に対してFASLGを添加しネクロトーシスを誘導することで炎症性筋疾患での筋傷害を再現したところ、PF1801はFASLGが誘導するネクロトーシスを抑制した。また、PF1801は筋管細胞のネクロトーシスにともなう培養上清中へのHMGB1の放出も抑制することも確認した。
GLP-1RAは多彩な作用を有するが、そのネクロトーシス阻害作用はこれまでに報告がなかった。研究グループは細胞モデルを用いて、PF1801の筋管細胞のネクロトーシス阻害効果の背景機序についてさらなる検証を行った結果、PF1801は2つの機序を介してネクロトーシスを抑制することを示した。
1つは、PF1801がPGAM5というネクロトーシスの執行に必須の分子の発現を、AMP-activated protein kinase依存性に抑制したことを介した経路、もう1つは、Nfe2l2などの抗酸化分子の発現を亢進させ、ネクロトーシスにともない産生され、ネクロトーシスを促進させる作用を有する活性酸素種(ROS)の蓄積を阻害したことを介した経路。
GLP-1Rの免疫細胞での発現が低いこととあわせると、これら複数の経路による筋細胞のネクロトーシス阻害が、CIMの炎症を改善させた主要な機序だと考えられるという。
GLP-1受容体作動薬は炎症性筋疾患に対する筋力改善効果も有する
PF1801が抑制するHMGB1やROSは、非免疫的な機序により筋機能低下を誘導することが知られている。さらに、GLP-1RAはTRIM63などの筋萎縮因子の発現を抑制することも報告されており、PF1801の筋力改善効果には炎症抑制以外に、これら複数の非免疫学的機序も関与していたと考えられるとしている。
「今回の研究での成果より、GLP-1受容体作動薬は炎症性筋疾患に対して、筋の炎症のみならず筋力改善効果をも有する有効な治療法として期待されます。GLP-1受容体作動薬による筋力や炎症の改善効果は、筋細胞のネクロトーシス阻害が作用点であるため、既存の免疫細胞を標的とした治療とはまったく異なる機序を介しています」と、研究グループでは述べている。
「このような、いわば“筋指向型”の治療は、現行の炎症性筋疾患の治療法のように免疫細胞を非特異的に抑制するものではないため、感染症などの副作用が少なく、現行加療で効果不十分な症例への効果も期待できる、有望な治療法である可能性があります」。
「さらにGLP-1受容体作動薬は糖尿病治療薬としてすでに臨床使用され、十分な安全性情報もあることから、同薬剤の炎症性筋疾患に対するドラッグリポジショニングの可能性が見出されました。同剤の炎症性筋疾患に対する臨床応用にむけた共同研究を進めて行く予定です」としている。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野
Amelioration of inflammatory myopathies by Glucagon-like peptide-1 receptor agonist via suppressing muscle fibre necroptosis (Journal of Cachexia, Sarcopenia, and Muscle 2022年6月30日)