腸内細菌「ブラウティア菌」が糖尿病・肥満を改善する可能性 日本人の腸内細菌を解析し作用機序を解明
⽇本⼈5,000人以上の腸内細菌を分析
ヒトの腸管には、「腸内細菌」や「マイクロバイオーム」などと言われる多くの細菌が共⽣している。腸内に共⽣する細菌は、食物の消化を助けたり、ビタミンなどの栄養素を作り出し、健康に深く関わっている。
腸内細菌は最近の研究で、2型糖尿病や肥満を含む、さまざまな疾患とも関わっていることが分かってきた。
ヒトの体にとって良い働きをしてくれる細菌は「善⽟菌」や「有⽤菌」などと呼ばれており、たとえば、乳酸菌やビフィズス菌は体に善⽟菌として社会的にも広く認知されている。
しかし、腸管には乳酸菌やビフィズス菌以外にも、1,000種類以上もの細菌が棲息していることが知られており、その機能や働きが分かっているのは、ごく⼀部の腸内細菌だけだ。
そこで医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)は、腸内細菌と健康や病気の関わりを明らかにし、国⺠の健康増進に貢献するために、⽇本⼈5,000人以上の腸内細菌を分析した、⼤規模なデータベースの構築と解析を進めている。
その⼀環として、⼭⼝県周南市および新南陽市⺠病院と連携・協⼒して、調査研究を⾏うための連携協定を2017年に締結した。2型糖尿病や肥満症などの⽣活習慣病などの新しい予防・改善法の確⽴と健康社会実現の促進に向けた研究に取り組んでいる。
なお、NIBIOHNで構築した腸内細菌データベース「NIBIOHN JMD(Japan Microbiome Database)」は、インターネットでも公開されている。
ブラウティア菌が糖尿病や肥満を予防・改善する可能性
NIBIOHNなどの研究グループは今回、このような調査研究をはじめとする腸内細菌研究から、2型糖尿病や肥満を予防・改善する可能性のある有⽤な腸内細菌として、「ブラウティア菌」を新たに⾒出し、さらに最先端の基礎研究により、そのメカニズムを明らかにした。
ブラウティア菌は有用菌のひとつとして知られており、日本人の腸内では欧米人に比べ、ブラウティア菌が比較的優勢だという報告もある。
2型糖尿病は多くの場合、遺伝的要因などによるインスリン分泌能の低下に、運動不⾜や⾷べ過ぎなどの⽣活スタイルの変化という環境的要因が合わさり、血糖を下げるインスリンが効きにくくなるインスリン抵抗性が加わり発症すると考えられている。
最近の研究で、糖尿病にはヒトの腸管のなかに棲息している腸内細菌も関わっていることが分かってきて、腸内細菌の働きは注⽬されている。
今回の研究では、⽇本⼈の腸内細菌と2型糖尿病や肥満との関連について、ヒトを対象にしたデータ解析を⾏った。その結果、ブラウティア菌が、体格指数(BMI)や糖尿病リスクと逆相関するという知⾒を得た。
研究グループはさらに、ブラウティア菌の抗糖尿病・抗肥満効果を検証するために、⾼脂肪⾷負荷マウスにブラウティア菌を摂取させル実験を行った。その結果、ブラウティア菌により、内臓脂肪の蓄積抑制をともなう体重の増加抑制が確認された。
こうした成果から、ブラウティア菌は脂肪の蓄積を抑えて、肥満を予防できる可能性があることが明らかになった。
糖尿病などの新しい予防・改善の方法の開発を目指す
ブラウティア菌により⾎糖値と⾎中インスリン濃度が低下
⾼脂肪⾷負荷マウスは、肥満とともに2型糖尿病を発症することが知られている。研究では、糖尿病にともなう指標を検討した結果、⾼脂肪⾷マウスでは通常⾷マウスに⽐べて、上昇していた⾎糖値と⾎中インスリン濃度が、ブラウティア菌の摂取により低下することが確認された。
さらに糖尿病の診断に使⽤されている「HOMA-IR」というインスリン抵抗性の指標についても、ブラウティア菌の摂取によるインスリン感受性の改善効果が確認された。
メカニズムを解明するために、脂肪細胞を⽤いた培養系での脂肪蓄積の評価を⾏ったところ、ブラウティア菌の培養上清の作⽤により、細胞内の脂肪蓄積が抑制された。
研究グループはこのことから、ブラウティア菌から分泌される成分に、効果のある物質が含まれていると考えた。そこで、ゲノム情報やメタボローム、ラマン分析などを組み合わせた「オミックス解析」を実施した。
オミックス解析は、体のなかにある分子を網羅的にまとめた情報として解析する手法。次世代型シーケンサーの登場により、腸内細菌の細菌叢を詳しく解析することができるようなった。
ブラウティア菌は脂肪の蓄積を抑制するアミノ酸などを作り出す
その結果、ブラウティア菌は、脂肪蓄積を抑制する効果のある「オルニチン」「アセチルコリン」「Sアデノシルメチオニン」などの、ユニークな物質を作り出していることが明らかになった。
オルニチンはアミノ酸の1種で、エネルギー産⽣を円滑にしたり、脂質代謝を促進する可能性が報告されている。
また、アセチルコリンは神経伝達物質の1つで、⾃律神経や運動神経で働き、腸管では蠕動運動の制御などに関わっている。アセチルコリンの受容体は、免疫細胞にも発現しており、炎症を抑制する働きがある。
Sアデノシルメチオニンは、アミノ酸の⼀種であるメチオニンを原料に作られる物質で、うつ病や肝疾患などに対する効果があるほか、研究レベルではインスリン抵抗性を減らす働きなども報告されている。
さらには、アミロペクチンの蓄積やコハク酸、乳酸、酢酸の産⽣などを介して、他の腸内細菌と協調的に働き、腸内環境を改善している可能性が示された。
ブラウティア菌を活用した薬や食品の開発に期待
以上の結果から、ブラウティア菌は脂肪組織などへの直接作⽤や、腸内環境の改善により、糖尿病や肥満を改善する可能性がある有⽤細菌であることが新たに示された。
研究は、NIBIOHNヘルス・メディカル連携研究センター 腸内環境システムプロジェクト/ワクチン・アジュバント研究センター ワクチンマテリアルプロジェクトの國澤純センター⻑と細⾒晃司主任研究員らの研究グループが、早稲⽥⼤学の⽵⼭春⼦教授らの研究グループ、Noster、⼭⼝県周南市および新南陽市⺠病院と共同で行ったもの。研究成果は英科学誌「Nature Communications」に掲載された。
「今回の発⾒は、腸内細菌の機能や健康への関わりを理解するうえで重要です」と、研究グループでは述べている。
「今後の実⽤化のためには、今回の動物モデルでの結果をもとに、ヒトでの有効性や安全性の評価などさらなる検証が必要となりますが、今回の発⾒から、ブラウティア菌を対象にした創薬や健康⾷品への展開など、健康社会実現の促進につながることが期待されます」としている。
腸内細菌データベース「NIBIOHN JMD (Japan Microbiome Database)」(医薬基盤・健康・栄養研究所)
国⽴研究開発法⼈ 医薬基盤・健康・栄養研究所 (NIBIOHN)
ワクチン・アジュバント研究センター(NIBIOHN ヘルス・メディカル連携研究センター)
Oral administration of Blautia wexlerae ameliorates obesity and type 2 diabetes via metabolic remodeling of the gut microbiota (Nature Communications 2022年8月18日)