肥満は認知症の危険因子 肥満が海馬神経新生細胞の分化を阻害する機構を発見 岐阜大学
肥満にともない海馬で小胞体ストレスが活性化 脳の発達に不可欠なダブルコルチンが変異
認知症の有病率は年齢とともに急峻に高まることが知られている。現在、65歳以上の約16%が認知症であると推計されているが、80歳代の後半であれば男性の35%、女性の44%が認知症であることが明らかにされている。
超高齢化社会を迎える日本では、認知症との共生と、発症を遅らせ進行を緩やかにする予防法の開発が喫緊の課題となっている。運動の習慣、肥満や2型糖尿病などの生活習慣病の予防、社会的孤立の解消などが、認知症を予防したり発症を遅らせる可能性が示されているが、十分なエビデンスはない。
認知症に対する運動の効果として、マウス海馬歯状回の神経新生と脳由来神経栄養因子の誘導が期待されている。しかし、認知症発症での神経新生への作用機構についてはよく分かっていない。
そこで研究グループは、アルツハイマー病および肥満のモデルマウスを用い、海馬神経新生への作用の検討を行い、神経新生細胞の分化に対する長期肥満の作用機構を調べた。
その結果、肥満の長期化にともない海馬で小胞体ストレスが活性化すること、それにより正常な脳の発達に不可欠であり海馬神経新生細胞に発現するダブルコルチンmRNAが小胞体ストレス誘導性マイクロRNAにより分解されることを明らかにした。
小胞体は、細胞内小器官のひとつで、分泌機能をもつ細胞に多く含まれる。また、ダブルコルチンは微小管結合タンパク質で、細胞移動に関与する。ダブルコルチンが変異したマウスでは海馬機能の障害があらわれることが知られている。
加齢により海馬神経新生は低下するが、アルツハイマー病では健康人に比べ、ダブルコルチン陽性細胞数の減少がさらに進む。また、アルツハイマー病の予備群と考えられる軽度認知障害でも、海馬神経新生の減少がみられる。
今回の研究では、長期肥満マウスのダブルコルチン陽性細胞の神経突起が短くなり、分化が阻害されることが明らかになった。また、小胞体ストレスによりマイクロRNAが増加し、ダブルコルチンmRNAの分解が確認された。なお、マイクロRNAの標的遺伝子データベースから、miR-129b-3pはダブルコルチンmRNAの 3′UTRに結合することが示唆されている。
研究は、岐阜大学大学院医学系研究科の中川敏幸教授と再生医科学専攻の中川潔美氏らによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載された。
肥満による認知症発症の経路を制御し、認知症の発症を遅らせることを目指す
研究グループは、まずアルツハイマー病モデルマウスと野生型マウスに、高脂肪食の餌を長期間(各43週間、67週間)与え、長期間継続する肥満・糖尿病マウスを作製した。
また、レプチン受容体欠損マウスは6週齢で肥満を認め60週齢までのマウスを解析した。長期肥満マウスの認知障害を物体位置認識試験で解析したところ、移動させた物体の探索時間が有意に短くなり、行動の異常を確認した。
さらに、長期肥満マウスの海馬で、小胞体ストレスシグナルの活性化をウエスタンブロットと免疫組織染色にて確認し、未分化神経細胞に特異的に発現するダブルコルチンの神経突起が長期肥満マウスで短いことも確認した。
マウス海馬から神経幹細胞を培養し、分化中の細胞に小胞体ストレス刺激を行い、ダブルコルチンの発現を調べると、ダブルコルチンのmRNAが減少することが明らかになった。
この減少がDicerのノックダウンにて回復することから、小胞体ストレス刺激後にRNA抽出を行い、マイクロRNAシークエンシングにてコントロールと比較した。
すると小胞体ストレス刺激をした未分化神経細胞で、miR-148a-5p、miR-129b-3p、miR-135a-2-3pの発現増加とmiR-1247-3pの減少が認められた。
「"海馬神経新生-小胞体ストレスの活性化-マイクロRNAの発現-ダブルコルチンmRNAの分解"という、肥満による認知症発症の機構を明らかにした。これをターゲットとし、このシグナル経路を制御する方法の開発し、認知症の発症を遅らせ進行を緩やかにすることを目指す」と、研究グループでは述べている。
岐阜大学大学院医学系研究科
Endoplasmic reticulum stress contributes to the decline in doublecortin expression in the immature neurons of mice with long-term obesity (Scientific Reports 2022年1月19日)