「老化細胞除去ワクチン」の開発に成功 糖尿病・動脈硬化・フレイルに対する改善効果や寿命延長効果を確認
アルツハイマー病を含む加齢関連疾患への治療応用の可能性
順天堂大学は、加齢関連疾患への治療応用を可能にする「老化細胞除去ワクチン」の開発に成功したと発表した。
老化細胞は、さまざまなストレスによって染色体に傷が入ることで、不可逆的に細胞分裂を停止した状態になった細胞で、がん発症抑制機構のひとつだ。
これまで、加齢により組織に老化細胞が蓄積し、慢性炎症が誘発されることで、さまざまな加齢関連疾患の発症や進行につながることが少しずつ明らかになってきた。しかし病的な老化細胞を副作用なしに選択的に除去する方法はなかった。
研究グループは今回、マウスの老化細胞に特異的に発現する分子である「老化抗原」を同定し、その抗原を標的とした老化細胞除去ワクチンを作成して、老化細胞を除去した。
その結果、肥満にともなう糖代謝異常や動脈硬化、加齢にともなうフレイルが改善するばかりでなく、早老症マウスの寿命を延長しうることを確認した。
アルツハイマー病を含めたさまざまな加齢関連疾患の治療への応用の可能性を示唆する研究成果としている。
研究は、順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学の南野徹教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Aging」にオンライン掲載された。
老化血管内皮細胞の遺伝子情報から特異的に発現する老化抗原GPNMBを同定
加齢や肥満などの代謝ストレスによって、2型糖尿病などの生活習慣病やアルツハイマー病などの加齢関連疾患が発症・進展することが知られている。
研究グループではこれまで20年以上にわたり、加齢関連疾患の発症メカニズムについて研究を進め、加齢やストレスによって組織に老化細胞が蓄積し、それによって惹起される慢性炎症が、加齢関連疾患の発症・進展に関わっていることを明らかにしてきた。
さらに最近、蓄積した老化細胞を選択的に除去(セノリシス)することで、加齢関連疾患での病的な老化形質を改善しうることが示されている。
しかし、これまで報告されている老化細胞除去薬は、抗がん剤として使用されているものが多く、副作用の懸念があった。そこで研究グループは、より老化細胞に選択的に作用し、副作用の少ない治療法の開発を目指して研究を行った。
まず、老化細胞に特異的に発現している老化抗原を同定するために、老化したヒト血管内皮細胞の遺伝子情報を網羅的に解析した。得られた候補のうち、すでにヒトの老化と関連があることが示唆されている「GPNMB」という老化抗原について解析を進めた。
その結果、GPNMBはヒト老化血管内皮細胞で著明に増加するだけでなく、動脈硬化モデルマウスや高齢マウスの血管や内臓脂肪組織でもその発現の増加が認められた。また、動脈硬化疾患のある高齢患者の血管でもその発現が増加していることが分かった。
次に、GPNMBを標的とした抗老化治療の可能性を検証するため、GPNMB陽性の老化細胞を薬剤によって選択的に除去できる遺伝子改変モデルマウスを作製した。そのマウスに肥満食を与えたうえで、薬剤によりGPNMB陽性老化細胞の選択的除去を行ったところ、肥満にともなう糖代謝異常や動脈硬化の改善が認められた。
老化細胞除去ワクチンにより加齢関連疾患での病的老化形質が改善
次に、GPNMBを標的とした老化細胞除去ワクチンの開発に取り組んだ。いくつかデザインしたワクチンの中で、接種でGPNMBに対する抗体価が有意に増加するものを選別した。
このワクチンを肥満食を与えた状態のマウスに接種したところ、肥満にともない内臓脂肪に蓄積した老化細胞が除去され、脂肪組織での慢性炎症が改善することで、糖代謝異常の改善が得られることが分かった。
また、動脈硬化モデルマウスでは動脈硬化巣で多くの老化細胞の蓄積がみられたが、老化細胞除去ワクチンによって老化細胞は除去され、慢性炎症の改善とともに動脈硬化巣を縮小させうることが示された。
さらに、高齢マウスでのワクチン接種後のフレイルの状態を観察したところ、ワクチン接種していないマウスと比較してフレイルの進行が抑制されていた。早老症モデルマウスに対するワクチン接種では、寿命の延長効果が確認された。
最後に、これまでの老化細胞除去薬との比較実験では、老化細胞除去ワクチンの副作用が少ないことや効果の持続時間が長いことなども確認した。
個別化抗老化医療の実現も視野に入れる
「GPNMBなどの老化抗原を標的とした老化細胞除去ワクチンは、加齢関連疾患に対する新しい治療方法となりうることが期待されます」と、研究グループでは述べている。
GPNMBは老化した血管内皮細胞や単球に豊富に発現している老化抗原だが、他種の老化細胞では別の老化抗原が存在することが予想される。「今後は、各々の患者や疾患によって蓄積している老化細胞の異なる老化抗原を標的とすることで、個別化抗老化医療の実現が可能になると考えられます」としている。
今回の研究では、糖尿病や動脈硬化、フレイルに対する改善効果や早老症に対する寿命延長効果を確認できた。今後は、アルツハイマー病を含めたさまざまな加齢関連疾患での検証や、ヒトへの臨床応用が期待されるとしている。
順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学
Senolytic vaccination improves normal and pathological age-related phenotypes and increases lifespan in progeroid mice (Nature Aging 2021年12月10日)