肥満による皮下脂肪の炎症を脳が抑制 皮下脂肪型肥満が糖尿病などに影響しない原因の一端を解明 生理学研
脳視床下部の神経細胞が脂肪組織の炎症を皮下脂肪で抑制
肥満により脂肪細胞が大きくなり過ぎると、脂肪細胞が死に、これを貪食するマクロファージなど免疫細胞が脂肪組織に集まり、炎症を引き起こす。この炎症が全身に影響を与え、2型糖尿病や肥満症などに影響すると考えられている。
皮下脂肪は内臓脂肪に比べ、炎症を引き起こしにくく、このことが糖尿病、高血圧、肝障害などへの影響が少ないことに関連しているとみられるが、その理由はよく分かっていなかった。
生理学研究所は今回、脳視床下部にある神経細胞であるSF1ニューロンが、肥満によって引き起こされる脂肪組織の炎症を、皮下脂肪組織で抑制することを発見した。
研究グループは、脳の底部にある視床下部に着目。視床下部は、摂食行動や摂取した栄養素の代謝(利用と貯蔵など)を調節する重要な場所だ。とりわけ、視床下部腹内側核にあるSF1ニューロンは、交感神経やホルモンを介してさまざまな臓器に作用を及ぼし、臓器での糖や脂肪の利用や産生、貯蔵を調節している。
研究では、視床下部腹内側核のSF1ニューロンが、肥満によって引き起こされる脂肪組織の炎症にどのような調節作用を及ぼすかを調べた。
研究グループはまず、分子生物学的手法を用いてSF1ニューロンのみを除去したマウスを作成し、これらのマウスを脂肪食によって肥満させ、脂肪組織の炎症に影響が出るかどうかを調べた。
その結果、SF1ニューロンを除去したマウスは、肥満させると皮下脂肪組織で炎症が高まった。また、マクロファージが脂肪細胞を取り囲む「クラウン様構造」も増加した。しかし、内臓脂肪では炎症は対照群と同程度だった。
クラウン様構造は、マクロファージが脂肪細胞の周りを取り囲み、脂肪細胞を貪食している状態。肥満によって脂肪細胞が過剰に肥大すると、脂肪細胞は死滅し、免疫細胞であるマクロファージが集積して貪食する。
次に、SF1ニューロンの神経活動を恒常的に高めた場合に、炎症に変化が出るかどうかを調べるため、SF1ニューロンを選択的に活性化したマウスを作成し、脂肪食によって肥満させた際の脂肪細胞の炎症を調べた。
その結果、SF1ニューロンを除去したマウスとは逆に、SF1ニューロンを選択的に活性化したマウスでは、皮下脂肪の炎症は抑制された。しかし、内臓脂肪の炎症は対照群と同程度に悪化した。
以上から、視床下部腹内側核SF1ニューロンは、肥満によって引き起こされる皮下脂肪組織の炎症を選択的に調節し、内臓脂肪の炎症には、ほとんど影響を与えないことが明らかになった。
研究グループは、SF1ニューロンがどのようにして皮下脂肪の炎症を調節しているのかも検証。脳は交感神経などを介して脂肪組織を調節している。皮下脂肪の交感神経を除去すると、SF1ニューロンの活動を高めても皮下脂肪の炎症が抑制されなくなり、SF1ニューロンを除去したマウスの皮下脂肪では、交感神経が減少していることも分かった。
このことから、SF1ニューロンによる皮下脂肪の炎症抑制効果に、交感神経が必須であることが明らかになった。
研究は、生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門の箕越靖彦教授、近藤邦生助教らの研究グループによるもの。研究結果は、「Cell Reports」に掲載された。
「視床下部腹内側核のSF1ニューロンは、交感神経系を介して肥満による皮下脂肪の炎症反応を抑制することが分かった。SF1ニューロンによるこの抑制作用は、内臓脂肪では働かない。脳でのこのような作用の違いが、ヒトの皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満で、糖尿病、高血圧、肝障害など生活習慣病の発症に違いを生じる原因となる可能性がある」と、研究グループでは述べている。
生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門
Inhibition of high-fat diet-induced inflammatory responses in adipose tissue by SF1-expressing neurons of the ventromedial hypothalamus (Cell Reports 2023年6月20日)