フェノフィブラートナノ点眼が糖尿病網膜症・黄斑浮腫の発症予防や早期治療法になる可能性
フェノフィブラートによる糖尿病網膜症治療用の点眼薬を開発
日本大学・近畿大学・明治薬科大学が、フェノフィブラートナノ点眼が、糖尿病網膜症・黄斑浮腫の発症予防や早期治療法となる可能性があるという研究を発表した。
フェノフィブラートナノ点眼薬は、網膜内で糖尿病網膜症・黄斑浮腫の主要責任分子である血管内皮増殖因子(VEGF)、および網膜グリアの指標となるGFAPの活性化や、水を透過させる水チャネルであるアクアポリン(AQP)のひとつであるAQP4の発現を抑制するという。
さらに、フェノフィブラートがアゴニストとして働くことが知られているぺルオキシソーム増殖剤活性化受容体(PPAR)のサブユニットであるPPAR-αのリン酸化を増加させた。
フェノフィブラートは、脂質異常症治療薬として臨床ですでに広く用いられている。研究成果は、世界初の糖尿病網膜症治療用の点眼薬の開発につながる発見としている。
研究は、日本大学医学部附属板橋病院眼科(主任研究者:長岡泰司診療教授、横田陽匡准教授、花栗潤哉専修医/大学院生、山上聡主任教授)、近畿大学薬学部(長井紀章准教授)と明治薬科大学薬学部(櫛山暁史教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Pharmaceutics」誌に掲載された。
フェノフィブラートのナノ粒子点眼を世界ではじめて作成
糖尿病の主な合併症のひとつである糖尿病網膜症は、いまだに失明原因の上位となっている重要な疾患であり、治療法としては、これまで網膜光凝固(レーザー)や手術などの侵襲的な外科治療のみだった。
これらの治療は、視力を脅かすほどに進行した網膜症に対して行われるが、一度低下した視機能を回復させるのは容易ではなく、視力が良好な早期網膜症あるいは網膜症が発症する前からの治療が重要となる。したがって糖尿病網膜症の超早期の段階で、有効な新しい薬理学的治療が必要と研究グループは考えた。
一方、脂質異常症治療薬として臨床ですでに広く用いられているフェノフィブラートは、PPAR-αのアゴニストとして働くが、これを内服することで糖尿病合併症に対しても有益な効果を示すという報告が数多くある。しかし、内服する場合は、薬の重篤な副作用のリスクを考えなければならない。
そこで研究グループは、このフェノフィブラートを全身への作用を最小限にして眼局所のみに作用を発揮させられるように、点眼薬として糖尿病網膜症治療に用いることができるかを検討した。
近畿大学薬学部のグループが開発した方法で、ナノ粒子レベルまで粉砕した点眼薬は、エンドサイトーシスによる角膜での透過性を亢進し、また眼内で強膜やぶどう膜を高濃度で通過することで、網膜にまで高濃度で到達することが可能であることを確認した。従来の点眼薬は、眼球の後部にある網膜まで薬剤を有効濃度で浸透させるのは困難だった。
今回の共同研究で、このフェノフィブラートのナノ粒子点眼を世界ではじめて作成し、マウスおよびウサギを用いた動物実験で、角膜を透過して前房内に入り、強膜ぶどう膜経路を介して実際に網膜まで有効濃度で到達することを明らかにした。
フェノフィブラートナノ点眼がフリッカー刺激と高酸素吸入に対する網膜血流反応を改善
さらに研究グループは、以前に2型糖尿病マウスを用いて、糖尿病網膜症発症前から網膜血流障害の程度が糖尿病による網膜機能障害の定量的指標になることを報告しており、今回もこの網膜血流に着目して、フェノフィブラートのナノ粒子点眼の効果判定を行った。
とくにフリッカー刺激(点滅光)に対する網膜血流増加反応には、神経細胞やグリアが密接に関与しており、この現象は神経血管連関として広く認知されており、糖尿病ではこの神経血管連関が糖尿病発症早期から障害されていると考えられている。神経血管連関は、神経の興奮にともない血管が拡張し、血流が増加する生理現象。
研究グループは、フリッカー刺激と高酸素吸入の2つの負荷に対する網膜血流反応を用いて、網膜神経、網膜グリア、網膜血流のなかでも、とくにこれまで評価が困難だった網膜グリア機能を評価することに成功した。
研究グループは以前にこの評価法を用いて、2型糖尿病モデルマウスで、早期からこれらの負荷に対する網膜血流反応が障害されていることを明らかにしている。そこで、フェノフィブラートナノ点眼がこれらの早期障害を改善させるかを検討した。
研究では、6週齢の2型糖尿病マウスを媒体のみで、薬物効果のない基剤を点眼した無治療対照群と、フェノフィブラートナノ点眼をした治療群とに分けて、毎日朝夕の2回点眼を行い、8週齢から14週齢まで隔週で網膜血流測定を行った。
その結果、フェノフィブラートナノ点眼群では安静時の網膜血流に影響を与えなかったにもかかわらず、フリッカー刺激および高酸素吸入に対する網膜血流反応をいずれも8週齢から改善させ、この反応は14週齢まで持続していたことが示された。
フェノフィブラートナノ点眼薬は網膜まで効率的に浸透 網膜血流反応障害を改善
さらに、同一個体の免疫組織学的検討では、無治療糖尿病群では網膜グリア障害の指標となるGFAPが亢進し、さらに糖尿病網膜症・黄斑浮腫の責任因子であるVEGFの発現も増強していたが、フェノフィブラートナノ点眼糖尿病マウスでは両者はいずれも抑制されており、フェノフィブラートナノ点眼により網膜グリア機能が保護され、VEGFは抑制されることが分かった。
網膜組織内の水分調節に重要な水チャネルであるAQP4の発現が、無治療糖尿病マウスでは低下していたが、フェノフィブラートナノ点眼によりこのAQP4発現低下も改善されていた。
これらの結果から、フェノフィブラートナノ点眼が網膜まで効率的に浸透し、その長期投与によりPPAR-αのリン酸化を介して、網膜グリア機能障害を改善し、2型糖尿病マウスの網膜血流反応障害を改善させた可能性があることが示された。
フェノフィブラートナノ点眼による低侵襲治療法の開発を目指す
研究成果から、フェノフィブラートナノ点眼が糖尿病網膜症・黄斑浮腫の発症予防や早期治療法となる可能性が示された。
「VEGFの発現亢進やAQP4の発現低下も、フェノフィブラートナノ点眼により改善されたことは、糖尿病網膜症のみならず、糖尿病黄斑浮腫の治療への応用も期待されます」と、研究グループでは述べている。
「糖尿病黄斑浮腫の治療としては現在、抗VEGF剤の硝子体注射が第一選択ですが、患者さんの負担も大きい治療であり、このフェノフィブラートナノ点眼による低侵襲治療が可能となれば、糖尿病網膜症や黄斑浮腫の予防のみならず、既存の治療法との併用でさらなる効果的治療にも役立つと考えています。低侵襲的な新規糖尿病網膜症治療法としてフェノフィブラートナノ点眼の今後の可能性に期待が高まります」としている。
研究グループは今後の展開として、まず前臨床試験として、眼球構造や形態が人眼と類似するブタを用いてこの治療の再現性と安全性の検討を行い、将来的には臨床研究で糖尿病網膜症・黄斑浮腫治療薬としての効果の検討を行うとしている。
日本大学医学部附属板橋病院眼科
Fenofibrate Nano-Eyedrops Ameliorate Retinal Blood Flow Dysregulation and Neurovascular Coupling in Type 2 Diabetic Mice (Pharmaceutics 2022年2月9日)