歯周病菌がインクレチン分解を通して糖尿病に関与 歯周病菌が分泌するペプチド分解酵素が血糖調節に関連
歯周病菌が分泌するペプチダーゼが歯周病-糖尿病の連関に関与
歯周病は糖尿病をはじめとして、認知症、腎臓疾患などのさまざまな全身疾患と関連することが報告されていますが、その分子メカニズムは明らかになっていない。
歯周病菌のなかには、糖などの炭水化物の代わりにタンパク質やペプチドを分解して得られたアミノ酸を主たるエネルギーとする糖非発酵性細菌と呼ばれるものがあり、これらの菌はさまざまなタンパク質・ペプチド分解酵素(ペプチダーゼ)を分泌している。
研究グループはこれまで、歯周病菌が分泌するペプチダーゼが、歯周病-糖尿病の連関に関わるという仮説にもとづき、歯周病菌ペプチダーゼの研究を行ってきた。
今回の研究では、4種類のペプチダーゼ(DPP4、DPP5、DPP7、DPP11)によるインクレチン(GLP-1およびGIP)分解の詳細な検討を行い、DPP4に加えて、DPP7がより強力にインクレチンを分解することを発見し、さらにその広範な基質特異性を示す分子メカニズムを明らかにした。
研究は、長崎大学歯学部の根本孝幸名誉教授、根本優子客員研究員らと岩手医科大学の佐々木実教授、下山佑講師らの研究グループによるもの。研究成果は、米国生化学分子生物学会誌「Journal of Biological Chemistry」に掲載された。
DPP7による分解はより高効率・徹底的であることが明らかになった
歯周病菌由来DPP7はDPP4より速くインクレチンを分解
主たる歯周病菌であるP.gingivalisは、アミノ酸を代謝して、細菌増殖に必要なエネルギーを産生し、すべての細菌細胞の構成要素の合成を行い増殖する。したがって、P.gingivalisのアミノ酸代謝の全容を明らかにすることは、歯周病予防にとって重要となる。
細菌にとっての栄養タンパク質は、ペプチドに分解された後、細胞壁を通過し、細胞壁と細胞膜に挟まれたペリプラズム層に移行する。そこでは4種類のジペプチジルペプチダーゼ(DPP4、DPP5、DPP7、DPP11)とDPPによるペプチド分解を補助する2種類のエキソペプチダーゼ(PTP-AおよびAOP)により2アミノ酸がつながるジペプチドに分解され、その後、ジペプチドトランスポーターであるPotにより細胞内に取り込まれる。
認識するP1位置(ペプチドのアミノ末端から2番目)のアミノ酸の違いにより、DPPは多くの組み合わせのジペプチドを産生するものの、親水性アミノ酸(トレオニン、セリン、グルタミン、アスパラギン、ヒスチジン)を認識するDPPはこれまでみいだされていない。
研究グループは今回の研究で、疎水性アミノ酸特異的とされてきたDPP7が、これらの5種類のアミノ酸を含めたより広い基質特異性をもつことを明らかにした。
一方、小腸から分泌される生理活性ペプチドであるインクレチン(GLP-1とGIP)は、膵臓からのインスリンの分泌を促し血糖調節を行うが、ヒトの体内ではDPP4によって速やかに分解され、数分で活性を失う。
研究では、MALDI-TO.MS解析により、歯周病菌由来DPP7はDPP4より速い速度でインクレチンを分解することを明らかにした。さらに、インスリンを含む種々の生理活性ペプチドがDPP7により分解されることもみいだした。
DPP7の血糖調節システムへの関与はマウス耐糖試験でも示され、DPP7の静注により血漿GLP-1とインスリン濃度は低下し、それにともない最高血糖値の上昇と高血糖時間延長が起こることも確かめられた。
歯周病がインクレチンの分解を通して全身の健康状態に関与
研究グループは、この従来見逃されていたDPP7の広範な基質特異性のメカニズムを明らかにするために、DPP7認識部位のカルボキシル基(C)末側にアミノ酸を付加した蛍光ペプチド基質と、追加部分を分解するエキソペプチダーゼを組み合わせた新規解析法を確立し酵素学的解析を行った。
その結果、DPP7は切断部位のC末側にアミノ酸残基がある場合は、酵素活性のパラメーターであるkcatが大きく上昇し、従来切断できないとされていた親水性アミノ酸も切断できることが明らかになった。
今回の詳細な基質特異性の再検討により、広範な基質特異性を有するDPP7を中心として、P.gingivalisは4種類のDPP群によりすべてのポリペプチドをジペプチドに代謝できることが明らかになり、菌の増殖と病原性を担保することが分かった。
「歯周ポケットに生息する嫌気性の口腔細菌はDPP7とDPP4遺伝子を有し、これらペプチダーゼ活性を発現することから、歯周病の程度と血中細菌量、インクレチン-インスリン濃度低下との関連についての検討が重要です。さらに、多機能生理活性ペプチドであるインクレチンの分解を通して、歯周病が全身の健康状態に関わる可能性も考えられ、今後の展開が注目されます」と、研究グループでは述べている。
「今回の研究は、従来不可能だったプロテアーゼによる基質ペプチドの切断位置のC末側アミノ酸の影響を定量的に解析することを可能にした点でも注目されます」としている。
長崎大学歯学部
Expanded substrate specificity supported by P1’ and P2’ residues enables bacterial dipeptidyl-peptidase 7 to degrade bioactive peptides (Journal of Biological Chemistry 2022年1月12日)