ヒトiPS細胞から作製した膵島様細胞を均一に大規模生産するためのマイクロウェルバッグ培養を開発
研究は、東洋製罐グループホールディングス綜合研究所の末永亮主任研究員、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門およびT-CiRAおよび現オリヅルセラピューティクスの小長谷周平研究員、CiRA増殖分化機構研究部門およびT-CiRAおよび現CiRA未来生命科学開拓部門の豊田太郎講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載された。
膵島様細胞凝集塊を均一に大規模生産するのためのマイクロウェルバッグ培養を開発
膵島移植は、β細胞の破壊とそれに続くインスリン不足によって引き起こされる1型糖尿病、なかでも血糖コントロールが困難なブリットル型の治療に有望な方法だ。ブリットル型1型糖尿病は、1型糖尿病のなかでも、高血糖と低血糖がくり返し起きる、血糖が不安定なタイプ。
1型糖尿病の治療法として、膵島移植は有力な選択肢となる。患者1人への1回の膵島移植には105~106個の膵島(内分泌細胞のクラスター)が必要と考えられている。しかし、ドナー不足に加えて、膵島サイズやドナー間における品質の不均一性が、この治療法普及の妨げの原因のひとつになっている。
最近の研究から、生体から単離された膵島を単一の細胞に分離し、マイクロウェルプレートを使用して再凝集することでサイズを均一にした膵島は、品質管理の観点だけでなく有効性においても、再凝集していない膵島より優れていることが分かっていた。
さらに、多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)から作製された膵島であっても、細胞クラスターのサイズが有効性に影響を及ぼすことや、再凝集という操作そのものの利点が報告されていた。
均一なサイズのクラスターを作製することは、従来型のマイクロウェルプレートを用いても可能だが、臨床に向けた製造施設での使用には不向きな点がいくつかある。まず1度に生成できるクラスターの数は一般に103~104個であり、膵島移植の臨床用としては不十分だ。
マイクロウェルプレートの取り扱いには細胞培養技術の習熟も必要となる。さらに、細胞の播種と採取は開放系で行われるため、細胞製造時の無菌環境の管理が容易ではなく、汚染のリスクが高い。
そこで研究グループは、均一な細胞クラスターを大規模(105~106クラスター)に作製するための新しいバッグ培養法の開発を目指した。
その結果、下面にマイクロウェルを備えた小スケール培養バッグ(<105クラスター)を作製し、未分化iPS細胞やiPS細胞由来膵島細胞(iPIC)を用いて、取り扱いに適したホルダーや必要な培養要素を決定した。
また、現行の膵島移植に求められている規模にウェル数を増やした大スケール培養バッグを作製し、6.5×105個の均一なiPICクラスターの作製に成功した。
この作製法により、細胞播種前の脱気プロセスと培養終了後の回収プロセスを簡素化することができた。研究で開発した培養バッグを用いた細胞クラスター作製法は、拡張性、無菌性および操作性のいずれの観点からも臨床および研究両方の用途に役立つことが期待されるとしている。
大量の均一なサイズの膵島細胞クラスターを得られるマイクロウェル培養バッグをデザイン
研究グループは今回の研究で、閉鎖系で細胞クラスターを大量生産するために、新たな培養バッグとそのホルダーを開発した。ヒトiPS細胞を用いて、無菌性、再現性、操作性を向上し、臨床利用の要件を満たしたうえで、均一なサイズのクラスターを多数生成する培養法を検討した。
また、iPS細胞由来の膵島細胞(iPIC)を使用して、閉鎖系で6.5×105個の細胞クラスターを作製するマイクロウェルバッグ培養の実現可能性を検証した。
新しい細胞培養容器として設計したマイクロウェル培養バッグは、上下面2枚のガス透過性フィルムと培養液を出し入れするためのポートから構成されている。条件検討用の小スケール培養バッグの下面フィルム50㎠の領域に対し1.8×104のマイクロウェルを熱成形した。
また、培養バッグの操作性を向上させるためのホルダーを設計した。ホルダーに備えた押圧板がバッグの上面を押さえることで、培養バッグを持ち運ぶ際の培養液の動きが抑えられ、クラスターが他のウェルへ移動することが抑制される。
一般に、マイクロウェルを含む容器に培地を満たそうとしても、ほとんどのマイクロウェルには空気がトラップされるため培地で満たされない。この空気はウェル径が小さい程、除去に労力が必要だった。
新たに開発したマイクロウェル培養バッグでは、培地を入れた後、ホルダーに取り付けた状態で一晩静置するだけでマイクロウェル内の空気を除去することができる。また、培養バッグを逆さにするだけで全てのウェルからクラスターを浮き上がらせることができるため、その後にポートを下向きに内部の液を回収するだけで全てのクラスターを回収することができるという。
(B) 培養バッグのホルダー。
(C) 培養バッグを培地で満たした際に生じるマイクロウェル内部の気泡が、経時的に消失していく様子。
開発したマイクロウェル培養バッグを使い膵島細胞の再凝集に成功
次に、ヒト膵島への本培養バッグの適用性を検討するため、凍結保存したiPICを解凍し、マイクロウェル培養バッグまたはバイオリアクターに播種して4日間培養した。
回収したiPICクラスターの形状を観察すると、培養バッグでは丸く均質だったのに対し、バイオリアクターでは粗いものが多く、またバイオリアクターの撹拌速度が大きくなると巨大クラスターがあらわれた。
巨大化したクラスター(直径300μmをしきい値)を除いてクラスターのサイズの分布を比較したところ、培養バッグの均一性(CV=7.1)に対し、バイオリアクターでは、撹拌速度が上がるにつれて小さいサイズとなって分布が広がる傾向が示された。
なお、バッグ内で4日間培養した後のiPICは、約96%が膵臓内分泌細胞マーカー陽性、約36%が膵臓β細胞マーカー陽性で、Ki67陽性の増殖細胞はほとんどなかった。
均一な膵島細胞クラスターの大規模生産が可能に
1枚のバッグから膵島移植に必要な105~106個のクラスターを取得するために、1000㎠の領域に6.5×105のマイクロウェルを備えた大スケール培養バッグと対応するホルダーを設計した。
これを用いてiPICを4日間培養したところ、小スケール培養バッグで作製した場合と同様に、均一なサイズのiPICクラスターが形成された(CV=5.7)。また、回収したiPICは小スケール培養バッグの実験と同様の細胞組成を示した。
注目すべきことに、移植に適さない大きなクラスターと培養バッグ内部に残っているクラスターを除外したうえで、1回の回収操作によって培養細胞総数の99%以上を回収することができた。これらの結果は、バッグ培養によって105~106個の細胞クラスターを取り扱うことの実現可能性を示している。
「本研究では、現行の膵島移植で取り扱う個数をまかなう大規模な細胞凝集塊(クラスター)を、均一に作製することができるマイクロウェルバッグ培養法を開発しました。そして、iPS細胞由来の膵島細胞(iPIC)を用いて、6.5×105個の細胞クラスターを簡便な操作で作製できることを示しました。この方法は、閉鎖系に対応可能で、取り扱いも簡便であることから、再生医療用の細胞製造や基礎研究で役立つことが期待されます」と、研究グループでは述べている。
京都大学iPS細胞研究所 (CiRA)
タケダ-CiRA 共同研究プログラム (T-CiRA)
Microwell bag culture for large-scale production of homogeneous islet-like clusters (Scientific Reports 2022年3月25日)