腎臓病が認知症の強力なリスク因子に 血液中に増えた尿素窒素が血液脳関門の機能異常に関与 東京医歯大
CKDは認知機能障害などの神経学的合併症も引き起こす
東京医科歯科大学は、慢性腎臓病(CKD)による認知機能低下の分子メカニズムの一端を解明したと発表した。
腎臓は、老廃物の尿中排泄の機能にとどまらず、電解質・ミネラルや血圧を調整し、赤血球を造るホルモン(エリスロポエチン)を作り、骨を強化するなど、生命の維持に重要な臓器だが、加齢により、また高血圧や糖尿病などにより衰え、慢性腎臓病(CKD)の有病数は増えている。
CKDは全身の臓器に影響を及ぼす。研究グループはこれまで、CKDに潜在する複雑病態・多併存症を克服するための研究や、CKDによる血管障害などの腎外臓器合併症(臓器連関)のメカニズムを解明してきた。
CKDは、認知機能障害などの神経学的合併症も引き起こし、とくに認知症については、eGFRの低下やアルブミン尿が独立したリスク因子と報告されており、最近の大規模な観察研究でも、認知症の原因として10%程度がCKDで説明できると報告されている。
とりわけアルツハイマー病では、アミロイドβやタウなどのタンパク質が不溶化、蓄積することがその病態の根幹であり、病初期には血液脳関門(BBB)の破綻が起こっていることも注目されている。
腎臓病によって増える尿素が血液脳関門の機能異常などに関与
研究グループは今回、認知症の病態理解のため、新たな切り口で、CKDによって脳血管の障害と神経変性の分子病態が惹起される可能性に着目した。
その結果、CKDマウスの脳で血液脳関門の機能障害と不溶化タウタンパク質の蓄積といった神経変性疾患と類似の変化が起きていることと、尿素が重要な因子として関与することを明らかにした。
BBBの物質透過性について新たなメカニズムがわかったことは、BBBの機能障害を起こす、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患やてんかんなど、さまざまな疾患の病態理解や治療開発、逆にBBBを透過しやすい創薬に寄与する可能性がある。
研究グループは、実際のCKD患者の認知機能低下のリスク因子を明らかにするために、980人のCKD患者を対象に、認知機能低下の有無を目的変数として多変量ロジスティック回帰分析も実施した。
その結果、eGFRは認知機能低下の有意なリスク因子とは言えない一方で、血清の尿素窒素濃度の上昇や低栄養状態(血清アルブミン濃度低下)などが、認知症の強力なリスク因子であることが分かった。
このことから、腎臓の純粋なろ過機能そのものよりも、尿素、その他の尿毒症性物質の蓄積が2次的に認知機能低下に関わることが示唆された。
研究は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎臓内科学分野の内田信一教授、萬代新太郎助教、松木久住大学院生、精神行動医科学分野の髙橋英彦教授、塩飽裕紀テニュアトラック准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Aging(Albany NY)」にオンライン掲載された。
血液脳関門(BBB)の機能障害の解明がアルツハイマー病などの病態理解や治療開発につながる
研究グループは今回、CKDを発症する疾患モデルマウスを樹立し、CKDマウスの近時記憶力が低下することを行動実験で示した。次に、アルツハイマー病をはじめとした神経変性疾患ではさまざまな不溶化タンパク質の蓄積が起こることをふまえて、健康的な腎臓を持つマウスとCKDマウスのそれぞれから脳の海馬を抽出した。
塩溶と塩析によって可溶性分画と不溶性分画とに分け、各々でプロテオーム解析を行った。CKD脳の不溶性プロテオーム解析を行った結果、アルツハイマー病でもみられる、不溶性のタウタンパク質やRNAスプライシングに関連したタンパク質群が増加することが分かった。ウエスタンブロッティングによる検証では、海馬、大脳皮質でも不溶化したリン酸化タウタンパク質がCKDマウスで増加していることが確認された。
プロテオーム解析のもうひとつ着目すべき所見として、可溶性および不溶性分画ともに、免疫グロブリンの重鎖がCKDマウス群で増加していることが明らかになった。これはBBBの機能障害によって、物質の透過性が亢進することを示唆する所見だ。
ウエスタンブロッティングで免疫グロブリンG(IgG)がCKD脳で増加することも確認できた。脳内で作られるIgGのメッセンジャーRNA発現量に差はなく、血液中のIgG濃度にも差はなかったことから、IgGは血液中から脳実質に流入することが分かった。
血液を灌流して除いたうえで蛍光免疫染色を実施したところ、CKDマウス脳では脳間質の血管内皮細胞下にIgGが沈着しており、外因性に投与したエバンスブルー色素とも部分的に一致していた。これらの結果から、CKDを罹患したマウスではBBBの機能障害が起きた結果、IgGやエバンスブルー色素がBBBを超えて脳に漏出したと考えられた。
BBBの主な構成細胞の血管内皮細胞は、上皮細胞(組織の表面側にある細胞の総称)とも呼ばれる。上皮細胞は一般的に密着結合(タイトジャンクション、TJ)と接着結合(アドヘレンスジャンクション、AJ)が共同して、互いに細胞の側面を強く接着させてバリアを作る。BBBでも重要な構造となっている。
蛍光免疫染色を行うと、TJ構成タンパク質であるクローディン5、AJ構成タンパク質であるPECAM-1(CD31)、基底膜の構成タンパク質である4型コラーゲンの発現量が、いずれもCKDマウスで低下していた。このメカニズムを追究すべく、マウス脳血管内皮細胞(bEnd.3)を使って尿毒症性物質を複数投与した。
すると、尿素の投与によって、用量依存的にクローディン5やCD31のタンパク質発現量が低下した。研究グループは、クローディン5、CD31、4型コラーゲンなどのBBB構成タンパク質群を基質に持つタンパク質分解酵素MMP(matrix metalloproteinase)、とくに不溶性プロテオーム解析でもヒットしたMMP2に着目した。
CKDマウスの血清投与下に培養したbEnd.3細胞では、ゼラチンザイモグラフィーを行うとMMP2の活性亢進が確認され、蛍光免疫染色では、CKDマウス脳の血管内皮細胞のMMP2発現量が増加していることが分かった。bEnd.3細胞で、尿素投与により低下したクローディン5のタンパク質発現量は、MMP阻害薬投与で改善することも確認された。これらの結果から、尿素によるMMP2の活性化に伴うBBB構成タンパク質群の分解が、CKDにおけるBBB透過性亢進に関与していることが明らかになった。
血清尿素窒素濃度の上昇や低栄養が認知症の強力なリスク因子に
研究グループは最後に、実際のCKD患者の認知機能低下のリスク因子を明らかにするため、980人のCKD患者を対象に、認知機能低下の有無を目的変数として多変量ロジスティック回帰分析を実施した。
性別、年齢や体格body mass indexや糖尿病、心血管病の有無を調整因子として補正したところ、eGFRは認知機能低下の有意なリスク因子とは言えない一方で、血清尿素窒素濃度の上昇や低栄養状態(血清アルブミン濃度低下)などが認知症の強力なリスク因子と分かった。
このことから、腎臓の純粋なろ過機能そのものよりも、尿素、その他の尿毒症性物質の蓄積が2次的に認知機能低下に関わることが示唆された。これはある時点での横断的な観察研究結果のため因果関係を示したものではないことに注意が必要だが、今回の研究結果から得られた新たな認知症のひとつのメカニズムを、さらに詳細に解明し治療開発に生かすことが重要と考えられるとしている。
今回の研究で、CKD脳において血液脳関門の機能障害と不溶化タウタンパク質の蓄積といった神経変性疾患と類似の変化が起きていることと、尿素が重要な因子として関与することが明らかになった。
BBBの物質透過性について新たなメカニズムがわかったことは、BBBの機能障害を起こすさまざまな疾患(アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患やてんかんなど)の病態理解や治療開発、逆にBBBを透過しやすい創薬に寄与する可能性がある。
研究グループは研究の課題として、今回の知見は、動物実験を中心に得られた知見である点、尿素以外の尿毒症性物質の影響をすべて解析したものではない点を挙げている。
「尿素は確かにCKD環境下で血清濃度が上昇し、体内に蓄積する物質である一方で、生物の進化の過程で獲得、活用されてきたアンモニアを解毒するための重要な物質である。尿素が毒性をもつのか、それはどの文脈なのか(CKD環境下のみなのか)、再考を促す研究結果も散見されるようになった。さらなる研究によってこの問いの答えを発見することが、将来の診療への応用につながると期待される」と、研究グループでは述べている。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野
Chronic kidney disease causes blood-brain barrier breakdown via urea-activated matrix metalloproteinase-2 and insolubility of tau protein (Aging (Albany NY) 2023年10月25日)